趣味は身を助く?ちょっと違うかな

店を浅草寺脇の花川戸から、この通りに移した頃は、
僅か数えるほどしか商店はなく、ちょっと寂しい通りだった。

夜になるとうちの店だけが、煌々と明かりがともり、
光と香りとで人を引き寄せる みたいな存在だった。

毎年のように、一軒また一軒と、店も増え、
18年もたつと、いっぱしの商店街らしくなってきた。

新人だったぼくも、いつの間にかロートルに組み入れられて
いて、古参組みと呼ばれていた。

昨日お隣に、この通り2軒目の喫茶店がオープンした。
「クローバーカフェ」
自分のことではなくとも、ウキウキしてくる。

早速、野次馬根性がむくむく湧いてきたが、一日中忙しくして
それどころではなかった。
その間に、喫茶店の店主のほうから来店を受けていた。
高い伽羅のお香を買い求めてくださったという。

ちょうど留守中のことだったので、夕刻、お礼かたがた、挨拶に訪ねると、オープンの助っ人で来られていた、店主のお母さんと、ついつい話し込んでしまった。

大阪の人だった。
次男が俳優を目指しているとか。
そのために東京の拠点+おさいふ、としてはじめたらしい。
実家は、自転車屋だという。

「自転車」おーー。
聞き捨てならぬキーワードであった。

「あさひ」という屋号らしい。
しばらく離れていた趣味ゆえ、業界地図にうとくてわからない。
「町の自転車屋さんかあ」儲けにくい商材だから、跡継ぎ大丈夫なのかななどよけいな心配をした。

店に戻り、WEBで検索してみた。

「あった、あった」
CYCLE BASE ASAHI
東証二部上場企業…
自転車屋ねえ…まあ…たしかに(汗)。

いつもありがとう

仲良しの中国の友人「いつもありがとう」
って、


56度か…
飲まないんだよね…今は。

仲良しのM君
「地図ありがとう」って 」
四国のお土産って、


太っちゃうんだよね。
黒糖、好きだから。

大好きな本郷のT姉さん。
うさぎやのどら焼きって、

ふふふ食い放題。

うちの上さん。
腹減ったろうって、またもやどらやき。

おらそこまで甘党じゃないって…
あずきは好きだけど…
どらえもんとでも思ってるの。

似てなくもないけれど。

短足デブ型ロボット…

来週は時代祭り

ということで、
来週の金曜日の「文化の日」は東京時代祭り。


赤いのぼり旗がはためき
いやでも、間近に迫ることを告知している。

ときどき空中浮遊

ネットショップが7年目になった。
公称は丸6年だが気持ちには10年という思いでいる。
実は、ネットショップ黎明期に一度立ち上げかけた。

1996年にドメインをとり、
(当時は、今とは違うドメインだった)
店の概要を固め、香りの店として、決めていた。
だから、ドメインも覚えやすく香りにちなんだものだった。

運営会社(当時は個人だったけど)を決め、
いよいよ滑り出そう…とした矢先に、
事件があって全てが狂ってしまった。

すべて暗礁に乗り上げ、いっきに尻つぼみとなった。

とにかく実店舗に、力を注がなければならなかったから
WEB店は頭の隅に押しやらざるを得なかった。

21世紀に入り、「ドメイン」が中に浮いていることを知った。

ここで、ようやく腹が決まった。
「もう、誰の手も借りない。
自分のやりたいようにやろう」

で、立ち上げ今にいたる。

よく夢中でやってこれたものだ。
ここにきて、
「mixi読んでますよ」と、お客様から言われ驚く場面が増えた。
boo店長もごたぶんにもれず、SNSで意見交換を続けている。

そう言われると心底「ドキッ」とする。
何も「ドキッ」とする必要はないと思うのだが。

なのに、「え!あ、そうですか、ありがとうございます」
と、卑屈にも答えてしまう。

なんで、「ありがとう」なのかわからない。
SNSの閉鎖性に安心して、羽目をはずしすぎているとでも…
若干でも後ろめたさを感じているのだろうか。

子供の頃、おやつを盗み食いしてたとき、
親の呼び声に、30cmも正座したまま空中浮遊した。
母親も驚いた「お前、飛んだよ!」お互いに驚いた。
その時以来の驚きだ。

600万人超の会員もいれば、
お客様の10人や20人(いやいや、そんなものではないだろう)
いてもおかしくないだろうに。

小さな国家くらいの規模になるのだから。

そう考えると、広いSNS内で出逢えたことは、
「ご縁がありましたね」が正しい挨拶なんだろう。

今日も「ご縁がありましたねえ」がお一人、
商品確認のさなか、判明した。

今度も、若干だけど、心が空中浮遊した。

浅草神社をぶらり

神社をぶらぶら
昼食の時間を利用して、浅草神社を改めて散策してみた。

浅草寺境内は
ちょうど菊花展の真っ最中で、ちょい混み状態だった。
ウィークデーでもあったので、
どちらかというと、人生の先輩方が多く目についた。

神社は、元は浅草権現と呼ばれていた。
浅草の観音様を大川(隅田川)から、網にかけて引き揚げた漁師の兄弟と、
引き揚げた観音様を自宅に安置した時の地頭の三名を祭った。

だから、浅草寺と神社は、一体のものなのだ。
本来なら別けるのがおかしいのだ。
事実、江戸時代までは、浅草寺管主が権現様も管理していた。
明治の廃仏毀釈の嵐の中、無理やり分離されて今に至る。

鳥居から中に入ると、「見てやろう」という意欲で見るせいか
今まで「なんで気付かなかった」かなと思うほど
碑が多いことに気付いた。これには驚いた。

歌舞伎役者達の句碑、扇供養碑、木阿弥の碑、川松松太郎の句碑…
あるわあるわ。

こち亀まであるじゃん。

お百度まいりもあるんだと
改めて驚いた。

そんな中、

のんびり猫が毛づくろい。

おいおい、お前さんがよっかかっているのは
狛犬さまだぞ。
一言声をかける。

そうか…
どうりで、落ち着きはらって逃げないわけだ。

神様がバックボーンにいるんじゃあね。

やっぱりええなあ

スカ!

やっぱり、青空がいい・・・

三兄弟低気圧が過ぎていたから、朝からどんより雲に覆われて
時たま激しく降り出した。
あわてて、外の商品を両手に抱えて大慌て。

ようやく雨の体制に整ったと思いきや
気づくと、日差しが降り注いでいる。

なんて天気だ!
すっかり、天気にいいように扱われた格好だった。

でも、青空はやっぱりいい。

いつも不思議感覚

ちょっと席を空けている間に
「お客様でーす」といわれて、慌てて個室を飛び出した。

ネットで注文をいただいている、茨木のお寺さんがご来店されていた。

全く面識はないのだけれど、慕わしさが先に出てくる。
いつものことながら、つい長話になってしまう。

こうしてWEBで仕事を始めて丸6年。
こういう出逢いが、年々、加速度がついて多くなった。

バーチャルからリアルへ。
聞きなれた言葉でいえばそうなる。

顔が見えないだけに、会話には気を使うが、
相手の精神性が先行して、すでに心は行き来しているから、
特別な感覚が湧いてしまう。

いつも、お客様との再会には、
「あんれま~逢いたかったョ~」の感情が先に噴き出している。

おもしろい世界だなとつくづく思う。

強制的減量対策

昨日は朝、珍しく寝坊して…というか二度寝してしまった。
朝は四時には起きてごそごそやっているのだが
朝食前に急に眠気に襲われて、気が付いたら出勤時間を過ぎている。
あわてて出かけたもんだから、朝食は抜き。

店に出ると、何やら、こまごまと忙しい。
本来の仕事は、そっちのけで、念珠の制作をしたり、直したり、
接客に入ったりと、猫の目のよう。

途中、海外の(ベトナムの方だと思うのだけれど)
ずいぶんとあかぬけしているお客様。
俳優さんみたいだなあと思いながらも、いきがかり上、接客にはいる。

流暢な英語で、仏像を指差しながら「…タイガー?」と聞いてくる。

「タイガー?」聞き返す。

「イェス タイガー」
(なんだべ?)

虎、寅、とら… あ!寅年ね。
寅年の守り本尊?かと聞いているらしい。

そうそうと応えるとあれこれ迷いながらも
なんなく虚空蔵菩薩の仏像が決まった。

こんどは「チキン」という。

ああ酉年ね。
よく知っていること。

あれこれ選びながら、かなりの高額を顔色も変えず
こともなげに求めていかれた。
「ありがとうございました」

以前も、グラミー賞受賞のお客様や、
中国の大スター、ジェットリーさんが、
日本の大御所の俳優さんも来店くださっている。

しかも、ご自分のHPで紹介して下さっていたりと
至れり尽くせりの恩恵をいただいていながら…

なのに、なのに…ぼくの芸術無知ゆえに、
すべてスルーしてしまった過去がある。

今回もそんなところかな、などと思いながら、
ふっと気づいたら、もう閉店時間。

後処理でぐずぐずしていると、

「功名が辻」ぎりぎりの帰宅となった。
家でも残務処理。

気づくと10時過ぎ。

考えるとなんだかんだで、今日一日、
記憶に残るものを、何も口にしていないことに気づいた。

期待半分で体重計測すると、

体脂肪-2%、体重-1.5k

なあんだ。お酢飲むより早いじゃん。

ちょっと息抜き。

実は、生き抜き

ウォーターフロントなんて横文字より、
川端が似合うこの街。

落ち着くんだなあ・・・

で、戻ると現実に引き戻される。