春が来た

一足早く桜が咲いています。

造花じゃないよ。

店の対面にあるミフィの花屋さんの店長さんからいただいた。

昨日はまだ蕾だったのに一日で開花してしまいました。

花は、見えざるところでしっかり根を張っていく。あっと思った時には全開する。

人も同じだね。

ITADAKI

おっかしいなぁ。。。

うちは販売店のはずなんだけど。。。

なぜかなぁ。。。

増える。仏像。

目黒の若旦那の置き土産。。。

あ!そうか今日からだったんだ。

古地図ファンのTONならではの企画を商店街で立てたのです。
ポスターサイズの江戸古地図を片手に浅草の錦絵と現代を比較しながら歩いてもらおうと、そして通過ポイントには江戸時代の錦絵を同地点にてフォトフレームに収まってもらおうとなんてことを考えた次第。

けど・・・・

緊急事態宣言が出されたので延期となり申した。。。(;_;)

そうだ!今日がスタートだったんだからだわ。

参加者には古地図が手元に残るから後々浅草を楽しんでもらえるでしょ。

ちゃんとできるようになるのかな。。。。

この時期だからこそ光る。。。いちご一会

9割減からよくて半減がコロナ騒動以降の飲食業から聞こえるうめき声。

飲食業にかかわらず半分行けば良い方でよく利用していたお店が、知らぬ間に看板を下ろしていたなんてのはいささか気落ちしないわけがない。

そんな中にあって、ビジネスチャンスを感じ取りすっ店するお店もある。

当店のとなりにあってしばらくシャッターを下ろしていた物件に新たなお店があすより開店する。挨拶に来てくださって看板メニューをおすそ分けくださった。

いちご畑を埼玉や長野に三ヶ所持っているのだとか。それこそ積み立ていちごを使って和洋両刀使いのスイーツを店内でこさえるのだという。

行かない訳に行かないじゃん。

道の反対側にはミフィーのお店があり、コラボされるといいなぁと思うTONであったのであった。。。

猫如来。。。

元気をいただいた。

TONが猫好きと知って元気を失いかけているTONのためにご夫婦で持って来てくださった。

ただ、可愛いだけではなさそう。

TONの好きな見返り弥陀ならぬ見返りニャンダも含まれている。ウヒョー!

いつまでもね・・・

毎月15日は浅草寺五重塔院のお参り日で五重塔内にお位牌をお祀りしている家族は塔内にお参りできる。うちのお客様にも多くいらっしゃる。中でも三十年お付き合いさせていただいているご先祖をお庭番にもつ埼玉のTさんはその都度来店くださってきた。

念珠堂が旅行会を催行していた頃に御夫婦で参加して下さり、比叡山や善光寺や北向観音(今は亡き半田住職のお接待も頂いたっけ)何か催し物を行うと御夫婦仲良く飛んできてくださった。

営業畑出身のご主人は東洋大陸上部出身の堂々たる体格。

ゴルフ三昧のスポーツマンでTONにもよくレクチャーしてくださった。筋の通らぬ事の大嫌いな江戸っ子気質は硬派の大学のなかにあってもさらに硬派の性格。そのべらんめい調にかなうものはなかったようだ。

そんなだからいらっしゃると1.2時間は話に興じた。それが楽しくてさらに一時間なんてこともしょっちゅうだったんだけどなぁ。

今日はご家族でいらしてくださった。もちろん愛する奥様もご一緒に。

しばらく前から腰の調子を崩していたので、かがみ込んでいたのではあるが、帰る際姿が見えなくなるまで外でお見送りしていると、手を取りながら歩く姿はあれ?小柄な奥様より背が縮んで見えるほど。

ゆっくりゆっくり足元を気遣いながらもどる姿をずっと見つめていた。

つくづく時間の経過を実感させられた。

店の前は夢灯籠ストリート

雷門盆踊りがいよいよ!明日雷門前の並木通りで行われます。

TONが実行委員長なのです。
近くの方はぜひ踊りに来てくださいね!

浅草の夏の風物詩は、雷門盆踊りがフィナーレになります。

明日が動的な盆踊りならば、本日は静的な夢灯籠ストリート。

秋田県湯沢市の大灯籠が、浅草に集合して幻想な雰囲気を醸し出します。

火が入ると、とたんに「ザ!日本」に変身です。 おもしろいですね。

一期一会

気づくと後ろにお客様が佇んだ。振り向くと懐かしいお顔。つい気が緩んだ。

半年前(そんなに経っていないかな)ママチャリで亀戸まで出かけたことがある。もちろん仕事だ。
仏壇の電装品がうまく点かない。というご相談を受け、訪問して新しい電装品と取り替えさせていただいた。最近は訪問してまでというのが少なくなっただけに、水を得た豚のように。。。いやいや魚のような気持ちよさで、ふんふん♬いいながら亀戸まで短い足を伸ばしてきた。ことがあった。

ちょうど夏日のような暑さの中だっただけに汗だくで到着。御夫婦で暖かく迎えてくださった。

無事取り付けて後、どうぞとお茶を出してくださったのが奥様。もちろん世間話。TONがチンチン電車キチだと話すと、「むかしはすぐそばに都電が走っていたんだよ」と今は緑道になってしまった小道を教えてくださり、奥様も昔話に興じてくれた。

「4月に亡くなったんだよ」

あえて無表情に語ろうとするがぎこちない。

ご主人の言葉に固まった。

末期の癌だったという。 毎年検査していたのに・・・

思わずぶわっと目から雫が飛び出した。TON。

全く自覚症状はなかった。それが唯一家族としてはありがたかったと言う。

亡くなる3時間前まで自分の葬式の件、子供たちとの会話、、、話し終えて静かに永遠の眠りに就いた。

話し終えると冷静だったご主人も堪りかね相好を崩された。

伺った時、宿題をいただいていた。

早く行かなくちゃと再訪を考えていながら、忙しさにかまけ後回し後回しにしていたTON。

悔いた。

心に浮かぶことは、近々必ず何かある。昔からそうなんだ。

TONは子供の頃からそんなことばっかり。

だから一期一会。

その時で済ませる。後に後悔のないように。しているつもりなのだが・・・

令和にはこんな思いしたくないな。改めて思わされた。

母の日まいり

もう再来週の日曜日は母の日ですね。

TONの子供の頃はお小遣いもないので肩たたき券やお掃除券をカーネーションの絵と一緒にプレゼントしたり、今年は何にしようかと知恵を絞るのが楽しいそんな時期だったことを覚えています。

そもそも母の日って何なの?と調べてみると、亡き母への感謝から生まれた記念日ということがわかります。

アメリカのフィラデルフィアに、アンナ・ジャービスという女性がおり、その母親は1905年の5月に天国に召されました。
母親を深く愛していたアンナは、1907年、支援者たちと共に全国的な「母の日」の普及運動を始めました。そして、母親の命日に、ウェストバージニアの教会で「母の日」を祝いました。これが、5月の第2日曜日だったのです。
次第にこの運動は広まって行き、1911年までには、ほとんどの州で「母の日」が祝われるようになりました。
そして、1914年、ウィルソン大統領の提唱で、議会は5月の第2日曜日を国民の祝日「母の日」と制定したのです。


https://family.gr.jp/mothers_day/kigen.html

なるほど。

母の日参りは理にかなった考え方なんですね。

出過ぎた真似か。。。いやいや。。。

令和に向けていろいろ準備をしていて、こんなことも始めました。

神社になったわけではありません。

お寺でもありません。

念珠堂は念珠堂です。

そして、こういうものも。

今だけでしょうけど・・・