賜弘法大師号千百年御詠歌御影

令和の改元にあわせて始まった四国お遍路での御詠歌御影授与。           (令和元年5月1日~令和3年12月31日)

弘法大師という諡(おくりな)が時の天皇より賜ってから今年で千百年という。

記念して、令和三年までの間にお遍路をされ納経をされると授与される。

各札所で授与される御影、その一枚一枚を一つにまとめさせていただいた御影額です。

一枚一枚を裏打ちして連結し額装させていただきました。

2000年のプレミアム年の時には各寺院のご本尊の種字(梵字)の御影がありましたが今回は御詠歌が顕されています。

特に苦心部分は御影の合わせ面には筋が見えてしまいますので、細い金箔をつなぎ目部分に丁寧に押して(貼って)上品さを失わないようにしています。納経帳より掛け軸タイプの納経軸は圧巻ですが、こうした御影額もなかなかだと思いませんか。

今日も今日とて・・・

朝にいらしてくださったお客様。

八八ヶ寺を御夫婦でお参りされたということでつい立ち話。

「よくわからないことばかりでしたが巡ってきたんですよ」

とのこと。車で巡ってこられたので歩き遍路の方を追い抜くとき、その度に申し訳なくて心の中で謝りながらいたという言葉の中にこの方の誠実さが伝わる。

よくよくお話してみると、22歳で急死された息子さんのためにお遍路に飛び出したのだという。

仕事を共にし出しもう引き継げると思っていた矢先だったという。突然のできごとにご両親の狼狽ぶりが伝わってきてしまう。

じっとしていると狂いそうになってしまうんです。

目頭が熱くなるのをどう鎮めたらよいものやら・・・

ちょうど昨日にご主人の急死のあと、遺志を継いで家族で十数ヶ寺を巡ってこられたお話を伝えさせていただいた。

「そんなこともあるんですね・・・」感慨深げにうなづいてくださった。

そんな心の重荷を背負いながら巡り、お大師さまに、旅先での人との触れ合いの故に僅かづつ重りを削ぎ落としていくんだな。。。決して悲しみは消えることではないのだけれど、落ち込んだ心の天秤の反対側にプラスの心が蓄積してバランスを戻してくれる。。。これがお遍路であり、観音霊場参りなんだなぁ・・・。

木馬館に観に行かなくちゃ。

代理遍路

令和の改元となり平成と新元号のどちらをも記帳していただくことで御朱印を頂くことの話題があちらこちらで沸騰していた。

中には不届きものが混じっていてお参りした証の御朱印を商品の如くに扱い、仕入れに来たかのように神社仏閣に請求する輩がいるらしい。

ここ浅草においても神社が三社祭りの御朱印を中止する事態にまで発展した。これもブームとしての御朱印集めに対する負の文化と言えるのだろうか。

だが、ここらが、潮目の変化にならないだろうか。

TONはコレクターである。人一倍のコレクター精神が旺盛だ。が、卒業した。卒業してみると本当にサバサバする。清流が心の中を洗い流してくれるそんな感覚がある。

だからコレクターの気持ちもわかる。ただ、現代はコレクションの枠をはみ出して、いや。そもそもコレクションしないのである。横流しするのである。利益を乗っけて。

だから神社仏閣に御朱印をいただきに上がるのも、お参りが種目的ではなく仕入れに行くのである。商売だ。

そろそろ変化しないかな。。。

代理遍路。

お遍路を歩けない方のために知人や友人、長じてビジネスへとなってきて、聞くと、なかなかの代価を伴うと聞く。

今日来店されたお客様が高野山の場合どこに行けば御朱印を頂けるのかと店の子に尋ね答えに窮してTONにお鉢が回ってきた。

同世代くらいのご婦人。ちょっと上かな。

「何にもわからないんですよね」

そう言われて四国を結願されたなら、それくらいの情報は入手されておられるだろうに・・・とちょっと?に思った。

「亡き主人のやり残しなのです」

聞くと、ご主人が中心となってお遍路をされていたようだった。自分は付いて行くことはあっても軸はあくまでご主人。バスのツアー遍路までは奥様もともに行かれたが、途中からは、70歳を過ぎたご主人一人の歩き遍路。

旅の情報も、お遍路のしきたりも、ご主人が培っていったということだった。

70番を過ぎた頃、一度自宅に戻られ、十数ヶ寺を残し鬼籍にはいられてしまった。

「跡をついで家族で廻ったんです」

天国のご主人はどんな思いでいらしゃるだろう。

「奥の院に行かれたらお太師様に報告してくださいね」ご主人が「ありがとう」と答えてくださるだろうことを祈っています。。。

遍路展に行ってきた。

インターネットテレビにて四国ガチンコの企画を2013年から続けてこられている、女優であり、歌手の藤田賀子さんの遍路の取り組みの一環としての遍路展が渋谷マルイ8階イベントスペースで行われたので、とことこ足を延ばしたTONであります。

渋谷の雑踏は相変わらず。浅草の人間には・・・?・・・TONには、ちょっと異風にしか見えない。

8階スペースには所狭しに二人の画家の遍路絵が展示されていた。

面白い略歴です。

どこにそんなエネルギーが潜んでいるのかと思ってしまうほどの華奢な藤田さんだが、実にパワフル。人をひきつける魅力があるんだろうな。

歌を聴きながら、尼僧のイメージが沸いて仕方なかったTONなのだ。。。が。。。

次が楽しみ。

金襴ミニ教本

金襴ミニ教本です。小さいながらなかなか優れものです。

暖色と寒色の二通りがあります。

般若心経ミニ教本
小型の教本ながら大きい字の般若心経が印刷されています。(表側)

裏側には珍しい絵般若心経が印刷されています。(裏側)
裏側には珍しい絵般若心経が印刷されています。(裏側)

考えますね・・・

四国番外霊場の念珠玉での制作は時々依頼される。

TONにはどうしても仕事柄の目でモノを見てしまうので、各お寺からいただく行為に対しての期待は半減してしまうのだが、純粋に信仰心の発露から頂く巡礼者には、玉一つ一つが輝いて見えるものなのだろう。と、思う。

それだけに、原価が頭にすぐよぎってしまうTONのよこしまさは、修正しないといけないのかもしれない。
まぁ、そのうち夢中になって番外のお寺の名称も頭に入るし、じっくりその寺々を研究したくなってくるのだ。

観音霊場でも採用されてこちらも念珠への仕立てを依頼される。

こちらはプラスチックではなくて正梅の木に観音経を彫り込んだものを一節ごとに集めるようになっていて、念珠を組む方は一考させられながら手をいれるので功徳をいただく気になってくる。

要は、作る者が一番功徳を頂いている。のではないかと思う昨今である。

変わり表紙の御朱印帳


雷門にいても雷門の絵柄案外ないものなのです。
浅草寺は坂東観音霊場13番札所なのですからね。


浅草に円の深い源氏絵巻から


富士山の絵柄もなかなかです。


一回り大きいので書きやすいでしょうね。

で、話のついでというのではないのですが、最近の御朱印ブームに対して一石を投じています。

御朱印をスタンプか何かと勘違いされている収集家がいることを嘆いているのでしょうね。
せめてご本尊に礼を尽くすことは御朱印をいただくものにとっての務めだろうと思うTONでした。

うらやましい・・・な。

考えてみれば、徳を積まれるお手伝いをさせていただくわけなのだから、感謝感謝なのだが・・・

「坂東を結願してきましたよ」

電話の向こうで声が弾んでいる。

去年の暮れに観音霊場用の朱印のお軸を買い求めてくださって、仕事の合間を見ながらしかもお寺に入るのは、失礼にならないように午前中のみと決めて約半年で結願されたことになる。

いろんな苦労もされて巡られたことは口にはしないが伝わるものがあった。

お寺さんには可愛がられたようだった。
そして、様々な人とのつながりの、なんと多くの宝を持ち帰られてきたことか・・・。

左のS氏は坂東霊場のみを10回巡られてその都度功徳別けをしてくださる。
おかげで令嬢の様子が絵に描けるくらいだ。

けどね、自分の足で行かないものは、薄皮一枚覆っていてわからない。

なんとか時間を絞り出して巡らないと・・・と思わせてもらった。

そろい踏み

がまぐち朱印帳そろい踏み。。。です。

がま口には根付用のカンがついていますので、ネックストラップを取り付ければ、巡礼で携行するにはとても便利ですね。