鬼無里峠を辿ったのはいつのこと。。。

クマよけの鈴をネット記事にたまたま見つけた。

当店でもお付き合いのある高岡に工場を持つ高級仏具の山口久乗製の高級鈴だ。

熊公を原因とする凄惨な事件が後を絶たない。だんだん人間を見くびるようになってきたのか、里にまで下りてきて、いや里と言うには憚る大都会まで影響を与えるようになって来るに及んでは、その地方に住む特に子供をもつ親の身になると気が狂う。学校の登下校や遊びの行き帰りなど薄氷を踏む思いにならざるを得ないだろう。

熊で思い出すのは、昔サイクルツーリングにはまりすぎていたころ、秋の鬼無里(きなさ)はやぶの中という記事を読んですっかりその気になっていつものように軽いノリで出かけた。

注意事項として峠はクマザサに覆われていて道(林道)は見えないこと。季節としてクマが出没する。と記載されてあった気がする。

クマザサに覆われている道を走りたいと思っての計画だから、そんなの全く注意項目に値しない。
熊との遭遇率が高い。という一文で若干気を落とした。行くべきか行かざるべきか。。。。でも行っちゃうんだなぁ。

対策として自転車のサドルにお気に入りのベルを取りつけて行くことに決めた。
チリンチリンの可愛い音色、こんなんで避けれるのかな。と一抹の不安は持ったものの
今なら何も好き好んで熊の出没する辺鄙な地に行こうとは思わないだろうに。。。

夜行電車を乗り継いでどこから走りだしたか記憶にない。変哲のない国道から鬼無里峠と朽ち果てそうな小さな看板に日頃は人が入らないのを予感しながら林道入り口へと向かう。のっけから押して歩かざるを得ない上りの荒れた道だった。
結局全行程押したり担いだり、サドルにまたぐことはできなかった。
クマとの遭遇の暁には走って逃げるべ。の楽観観測は見事に外れた。
おまけに道は見えない程の笹で覆われ、分け入って和が前には道はなし我が後ろに道を作る。そんな行程だった。

心細いなんてものじゃない。ガサガサ周りを動物が動く音が遠慮なく聞こえてくる。熊か?この先のカーブを越えたらもしかしたら、、、
そんなときにチリンチリンと小さくも奏でる鈴の音は、クマよけどころの話しではなかった。
鬱蒼と生い茂るクマザサの海の中で、あいつと遭遇するかもしれないと恐れおののくTONを慰め励まし希望の光を放つ鈴の音だったのだ。

そんな記憶が引き出された。いったいいつの話しなんだっけ。。。。

引っ越してみてわかってきたこと

最近30年暮らしてきた雷門の自宅を修理のため仮住まいへと引っ越した。どれくらいの期間移っているかは不明だが、そのまま仮住まいで朽ちるかもしれない。縁起の悪い話はするなと怒られそうな気もするが、人間いつどこで何があるかわからないと思って生きていなきゃならない。こっちは嫌でもあちらの世界の事情ってものもある。
だからもうここには戻ってこれないかもしれないと思っているくらいがちょうどよい。心構えはいつも刃の上と思いながらいるTONなのである。

いや、こんな事を書きたくて書きだしたのではなかった。

何を書きたかったかというと、仮住まいにいってからも旧宅の整理にほぼ毎日駆り出されて手料理を食べる暇がない。ということをこれまた愚痴るつもりもないのだが、いろいろ見えてくる事が多い。ということを書きたかった。

なかでも食事は外食が多くなった。
夜の繁華街、食堂楽の町浅草に住んでいるのに外食はまずしてこなかった。
だから浅草はどこが美味しいの?と聞かれても答えに窮する。
だって落ち着かない店では食べる気がしないんだもの。
気心の知れた店主のいる店なら毎日でも通った過去はある。けれど高い。
毎日続けていたら体にも悪い。
だからおのずとチェーン店の定食屋になるのは自然の理である。

商売人は何処に行っても商売人の性から離れられないようで、店構え、店員の態度、食い物の扱い、、、等など五感がフル活動して品定めしている自分に気づく。

どうなのだろう。。。有名な丼屋のカウンターに座り出来上りを待つ。
ドンと座って目をつむりなにも見なきゃいいのに、あれこれ様子をうかがう。
以前は立ちそば屋で見ていたら、ちょろちょろネズミのチュー介がトッピングのてんぷらを食べていて、店員が誰も気づかない。二度と行かなくなった。

お客様の入りは独身の男女が多いように見受けられ、流行っているんだなぁと感心した。
テイクアウトも店内の混み具合とほぼ同数くらいひっきりなし。回転がいいんだ。
「ありがとうございましたぁ」
店員が品物をわたす。
「・・・・・・」
客は仏頂面で受け取っていく。

「ありがとうございま~す」
女性の客にテイクアウト品を渡す。
「・・・・・・」

ん?ちょっとそのやりとりに引っ掛かり料理が出た後もずーっと観察していた。

遅いとばかりにテイクアウト品をかっさらう様にもぎ取っていく者、食べ終わったのだろう、携帯を見ながら何の反応もなく当たり前のように席を立っていく者、そこにご馳走様の一言もありがとねの一言も授受しない。言葉のキャッチボールを避けているようにお見受けした。

下町に育ったTONには口から入る肉の糧の旨いまずいはもちろんのことだが、頑固寿司屋のオヤジでもなければ(それでもそれなりにあるものだが)心のキャッチボールがその店の愛着度、品格、重要度となっているのだ。

なぜかなぁ。それが今流なのだろうか。。。

浅草のそら

今日も雨の朝。一昨日までの夏日を越えるあの暑さは何だったのかと思うほどの寒さ。
しまってしまった冬ものを急遽着こんで出社したTON。

浅草のそら

今日も相変わらず、ど晴れ!
三社祭りのフィナーレから2日経っているがまだ空気感は残っている。
股木提灯はまだ片づけられていないし仕方のないことだ。神輿の渡御をしながらも人は増えたなぁと実感。にしては街は例年と比較して汚れていない気がする。

浅草のそら 三社祭りなのだ

今日は予報は37度くらいだけれど肌感覚だと30度を軽く超えそうだ。

今回は二之宮がTONの町会の渡御の責任町会。朝一で雷門前で受け取る。

古い人にはおとなしくなったと言われる砂金の渡御。でもね6m道路でジグザグだったりもんだりということをされたらとてもじゃないが本社神輿は通れない。それでも結構揺れてたよ。

すっかり飛んで夕方の風景。火が入るとなんとも官能的な雰囲気を醸し出す。