浅草のそら

昨日は久々に家族サービスで潮干狩り。
今までなら潮干狩りと言えば千葉の木更津あたりを連すするのだが、今回ははるか手前の至近距離である横浜の金沢八景。
八景のイメージは、母校と漁港しかないのだが、そもそも金沢八景に足を運ぶことすらなく記憶のページにはなにも書きこまれなかっただろう。
僕の世代の浜っ子にとったら、コンビナートになる以前の根岸や磯子の海が身近にあったし、港町横浜の海が遠く離れた所にあるなんて考えもしなかったこと。小学校も高学年になると高度成長期に入りやたらダンプカーの目立つ街並みとなっていくのと比例して、海は身近なものから遠い存在、船が横付けされはしても裸足になって遊ぶ場ではなくなった。
いつの間にやら、浜が帰ってきていた。
家族サービスでいたつもりのTONであったが不覚にも波打ち際の転寝の気持ちよさを人工浜で味わうこととなってしまった。
家族に引かれることでもなければ、訪れるはずもないこの浜に魅力を感じさせてもらった次第。
人工とはいえ立派な松もあり、いずれここで育っていく子供たちの幼き頃の印象の一つと脳裏の一ページに書きこまれていくんだろうな。
それにしても松影の居眠りは心地よかった。

浅草のそら

駒形堂の八重桜はまだ満開に至らない。
春の交通安全週間の期間になるのにここの桜が散っていないのは初めて見る光景。

もう五月の目刺し。。。おっと鯉のぼりでした。

浅草のそら

だんだん朝、夜明けが早くなってきた。ここ数日3時前後に目が覚めてしまいその後は寝る気が起きないのでしらじらとなるまで起きている。

真冬だと7時近くにならないと夜明けにならないので二度寝してしまうが、この季節どうしても外に飛び出したくなるので、そんなら起きてウォーキングしようとなる。

昨日は久しぶりに愛する故郷横浜に足を延ばした。
まぁ、みなとみらい地区なのでTONが浜っ子現役の時代には三菱の工場敷地で占められていて横浜駅東口のそごうあたりから桜木町駅裏あたりまでは、ブラックボックス。たまに煙で存在感を示す作業用の小型の汽車が走る労働の町が原風景。
まったく馴染みがない地域ゆえ、過去、何度みなとみらいの駅に降り立ったかわからないが、未だにまったくと言うほど故郷を感じたためしがない。

そんなわけで用事を済ませて帰路に就こうとしたが、物足りなさにまっすぐ帰る気がせず、少しばかり回り道を使用となった。
どこを?子供時代の記憶に添って横浜駅まで歩いてみようかと心が動いた。

六角橋から馬車道までの区間は小学校低学年時代から目の治療のため何度往復したか知れない。少し大きくなれば、途中にあるもみじ坂上にある青少年センターの常連で意味もなく通いづめていた。
要するにチンチン電車で腐るほど通っていたわけである。目をつぶっても歩ける。。。と言うほどでもないが馴染みの道であることには間違いない。

高架上を走っていた東横線は今はなく残骸のようなガードの連続が形ばかり残り、一国沿いの古いビルもまるきり建て替えられ、心に沁みてた風景も今は昔なのだ。
もう歩くことはないだろうな。。。

奇麗になって良かったの?殺風景な旧東横線高架下。

浅草のそら

昨日の隅田川界隈。台東区側の桜もようやく九分咲き。

まだこれから芽吹く予備軍を待っている状態。満開とは言えないのかな。。。

山谷堀は暗渠となって細長い公園だが川風がないだけに隅田川沿いより暖かいのだろうか。
花の付きが多いように感じる。

浅草のそら

朝のブラブラ出。久しぶりに南に向かう。
横網町にある東京慰霊堂にお参りするのと、敷地内の桜はどうだろうかとフっと思いついたが故だ。
もう・・・満開だった。毎年半分くらい散ってから行くのが恒例。

今年はここらへんがピークかな。

川に出ると間もなく開催されるレガッタの練習中だった。

昨日のです。

桜は墨田区側ばかり。
台東区側はなんとも。。。

浅草のそら

今日から4月。なんと早いことでしょう。
TON家の孫も入園式で本人は何も分からないうちに入園して社会とのかかわりを否応なしに持たされて行くのである。
四月と言えば桜の季節と自分の子供時代のセオリーだったけど、ここ最近の常識では桜は下手すれば葉桜となっていることが多く桜の下で記念写真を撮る習わしに陰りが見えていただけに今年は嬉しい天からの贈り物である。世の中あれこれと騒がしいがなんとなくほっこりさせられる桜の花効果だ。と思う。