お彼岸に思うこと

今日はお彼岸の中日。

お日様が真東から真西に沈む。今日を境に昼夜の時間が逆転していく。

もともと仏教には彼岸という概念はない。まして先祖供養などという概念もない。が、日本の古くからの習慣(縄文のころからの)が仏教にとりいれられていくことで仏教の専売特許のようになりつつ外国の神様そのものが受け入れられていったはしごの文化だ。

自分の家系を代々遡って図に表したことがある。

40年ほど前、戸籍法の規定で80年以上の保管義務が役所になくなると知って、慌てて近くの役所の戸籍係から、親の故郷の役所の戸籍係に走りまわった思い出がある。

原戸籍の写しをもらうはいいが、これが難解甚だしい。当時の役人たちの達筆な文字を読み解くところから活字になれた現代っ子の目にはなかなかのものであった。

が、読み進めていくとこれが至っておもしろい。一人の人生の概略がほんのりと読めてくる。

何処の何人兄弟の何番目の生まれでいつ嫁にはいり、いつ出ることとなる。読み進みずに書き写すうちにすっかり虜になった。歴史小説を読むよりよほどスリリングだ。

私という結果が、最下部に置かれる。そこのひとつ上段に父と母がいる。その上段に父方の祖父と祖母がいて、母方の祖父と祖母がいる。それぞれが精神面までは読み取れないが(兄弟関係や家族状況を想像すれば性格的なところはおおまか理解できるが)、その大まかな生きた証は伝わってくる。

大正期の祖父母の代まででも7人。戸籍で読めるのは江戸末期からだから7代254人ということになるわけで、一人欠けても私は生まれてこない。

そんな調子で考えていくと天下分け目の関ヶ原の時代で20代前で2,097,150人。

室町時代あたりで30代として 2,147,483,646人。20億人を超える。

その中に栄枯盛衰があっただろう。どんな生き方をしたのか知りたくもあるが聞きたくないこともあるかも知れない。ただ、これだけの人々の血のバトンタッチの末に「私」があるということなのだ。

環境与件は遺伝しないとTONの学生時代の生物の授業では教えられたが、現代科学はとっくにそうした考えは破綻して、環境与件もDNAにしっかり書き込まれているのが常識になっているようだ。私の中の深層部を紐解けたら何十何百何千どころではないご先祖様の生きた証が読み取れるようになるのかもしれない。

まずはともあれ、お線香を手向けなくちゃ。

浅草のそら

浅草のそら

浅草のそら