いよいよ東京マラソン

東京マラソンがいよいよカウントダウン。
2月18日に第一回東京マラソンが行なわれる。

個人的には、今か今かと心待ちにしていた。
国内外からの招待選手もかなり多いようで、
3万人参加のマラソンと、なかなかのものである。

浅草は27Kmくらいの折り返し地点。

雷門前には、イベント会場になるようで、
これは、いささか創造を越える賑わいになりそうだ。

ただ、交通規制される地元では、なかなか複雑。
商売に影響が出ることを懸念している。

ぼくも同じように懸念すべきなのだろうが、
商売っけのないBoo店長は、すっかり舞い上がっている。

1年ほど前、何やら黄色いウィンドブレーカーを着た集団が
巻尺を持ちながら、雷門前を測っている姿に偶然出くわした。
それが、そもそもの発端。

いつか、東京ー大阪の自転車レースの開催を夢見ているものだから、
こうしたイベントが人の心に、
きっかけの種を植えてくれていったらと思うのである。

ともあれ、あと19日。

http://www.tokyo42195.org/

「観音のご縁日」にイベントとは、
なかなか憎いじゃあなあいか。

その一ヶ月後の3月18日は、
観音様が隅田川から拾い上げられたとても大事なご縁日(示現会)
となれば、東京マラソンは、前座ということ。かな。

ありがとう

我が店は何でこんなにめぐまれているんだろう。

○○顧問が、本当に多くいてくださるのだ。
どう探しても見つからない梵字。
お願いしまあすの一言で、事細かに調べてくださる。
人の縁ほど宝物はない。

いつまでたっも・・・

我が家は、結婚してこのかた、
「肥後米」以外めったに口にしない。

母の田舎は「ささにしき」の本場であるのだから
もともとは当然、ささにしきファンであったのだが、

結婚して此の方、すっかり好みが変貌した(させられたが正しいかも)
まあなにより、それまでは「肥後米」の旨さを知らなかったのだから
しかたないと思っている。出会いとは恐ろしいものである

関東以北では「肥後米」そのものを、口にしたことがない方が
多いのではないだろうか。

調べてみると、明治期、特に江戸時代までは、
米の相場を決める重要な基本米だったことを知った。

また、江戸にも多く流通していて、ごく一般的なお米であったようだ。

味は、南国育ちであることも影響するのか、ねっとりとして少々時間がたっても
新米の気負いは消えることがない。

もっとも、エンゲル係数のグット高い我が家では、
一ヶ月の山を越えたためしがないのだから、計りようもないのだが。

けれど肥後米が本領を発揮するのは、冷めてからである。
一日以上経って、冷飯になった時の食感のよさは、比類がない。

米の宣伝をしようと思ったのではないのだが、
そんなお米を、せっせせっせと田舎から送り続けてくれている。

親は、いつまでも親であり続けるんだなあということに気づかされるのだ。

昨日送られてきたお米をふと見ると
ビニール袋を透けて、赤い帯がのぞいていた。

50を越えた子供も、子供は子供。

改めて親のありがたみが沁みる、一封だった。

古地図

元来、地図好きが高じて土木屋になったようなものだから
地図を見ていたら、何時間見ていてもまったく飽きることはない。
mixyの友人から教えてもらったヤフーのサービスにしばらく虜になっている。

http://map.yahoo.co.jp/kochizu/index.html

江戸時代の古地図・明治期・現代と三代が重ね合わせになって表示する。
特に縮尺の違う古地図をよく当てはめられたものだと感心する。

道路の曲がり具合がそのまま旧道として現代まで継がれている地域もあれば
全く影も形も残さない地域もある。

その変遷に思いをはせてみるのもなかなか妙である。
人の性(さが)だろう。関わりのある地域ばかり拾い読みしている。
浅草が起点で舐めるように、隅田川を上下する。
浅草を基点に、車で通る買い物コースをトレースする。
浅草を起点に、ちんちん電車のあとを追っていく。
何でも浅草が起点になる。

面白いことに、明治の地図は、江戸の道をそして風景を色濃く残しているが
現代の地図には、その風情が全く受け継がれていない。
秩序が感じられない。全くの異空間に見えてしまうのだ。
かろうじて、道の構図が似ていると言うだけで…

何か違うのだ。単に時代が違うというだけでは、どこか釈然としない。

しばらく考えてみたとき、しばらくした後に「は!」と気づいた。
明治期と現代の間には、大戦の洗礼があった。

戦争は、それまでこつこつと築きあげてきた都市の風景を
根こそぎ焼き尽くした。文化すらも。

戦後無秩序に膨張、変貌していくエネルギーが都市の景観を
すっかり変えた。

田んぼが市街化したに過ぎない江戸から明治の地図と
市街化されたあと、秩序を失ったあとの変貌さを見せる
現代のそれを比較してみていると、

どの歴史書を読むよりも、赤裸々に、
人の愚と智を伝えている気がしてくる。