浅草のそら

最近ようやく膝の痛みが和らいだおかげで、少しずつ朝のひとっ走りを復活しつつある。

といっても走ると膝カックンになるわ腰にジーンと来るわで、殆どを歩いている。

けど何も束縛されない自由に好きな方向に歩いているので少しはストレス解消になる。

走れればいいんだけど、、、仕方ないよな~。

来月が3月10日東京大空襲の慰霊日であることもあって、今朝は隅田川沿いに南に向かい、東京慰霊堂に標準を合わせた。

TONが東京に来たばかりの時まず先に行ったのが慰霊堂。夕方に行ったこともあったけれどそこはかと伝わってくるある種の空気が心底怖かったのを覚えている。

その頃に比べると、いまはなんと明るくなったことだろうか。来月の法要に向けて片付けられたわけではなく、敷地内は実に良くて手入れされている。

案外この角度からの写真って見受けられない。三重塔らしき建物は遺骨の安置所。ここに10万柱の殉難者のお骨が大甕に10数人単位で詰め?られている。〇〇町何丁目地先なんて甕の表示を読むと抑えられない衝動に駆られる。

浅草のそら

龍だ!龍が出た。。。!!

吉祥なり!

また昨日の空を忘れたよ。。。

2月26日のそらなのだ。

この角度からだとガラガラなのがよくわかりますね。朝が早いわけではありませんよ。

菊房と手毬房

昔ながらの菊房の良さは風合いの良さに尽きるかもしれない。編込んできた糸を利用して数百本の絹糸を束ねてうまく球体に整える。職人の腕の見せ所だ。

慣れないうちは糸が開かなかったり、結び糸を切ってしまったり、鋏ワークで丸める作業でいびつにしたり、はたまた束ねた糸を数本の絹糸で縛るときに、細い絹糸が指に(関節に)食い込んでめり込んでしまったりと小指の第一関節は夏でもアカギレ傷状態になってしまう。そんな苦労は案外知られていないなぁ。

菊房の弱点は球を作るために中央で縛っているだけなので、絡みやすい毛糸で作った珠ではなく糸同士が絡みにくい正絹糸(絡みにくいので戦前まではパラシュートに正絹を使用したと聞く)を数百本を縛る数本の糸の圧力だけで束ねるのだから、経年劣化で何本かの糸が抜けていくと崩れてしまう。法事の間、手持ち無沙汰に房をモミモミしていたら壊れちゃった経験は案外多いのではないだろうか。

一方、手毬房はもともとは猿の手と呼ばれる組紐の形の発展形。

小田巻、釈迦梵天、網梵天、いろんな名前を持っている。当店では手毬房と呼ぶ。

今は木玉を芯にして太い寄り糸を交互に重ねて作る。

手毬房の良さは何と言っても丈夫なことに尽きるだろう。固くて嫌という方もちらほらいるにはいる。菊房の風合いが感じられないがデザイン性といえばそうなのだと思う。何より丈夫が長所なのだ。

念珠堂ではどちらもお受けできます。

浅草のそら

今日は駒形堂の法要日。

来月は本祭で御開帳です。