浅草のそら

継続のエネルギー。

朝一番でご来店いただいた。

はい。とばかりにお買い物の後に手渡された。

菩提寺に収められたOさんのお遍路の航跡の数々。番外を含めたお四国の108令嬢の横額は人きは際立って見える。職人もちょっと苦労した力作だしね。

先回ご来店くださった時に、お寺に奉納した全容を「見てみたいです」と漏らした。が、コロナの今の現状じゃ店を抜け出せませんから・・・との言葉を覚えていてくださった。わざわざ写真を撮り、額にしてくださってお持ちくださったのだ。お買い物は付け足しだ。

感動した。

お客様とのそんな心の交流が、TONにとっての燃料になる。

早速、巡礼コーナーに展示させていただいた。

浅草の空 海の日

今日は海の日で休日。

もともとの海の日は7月20日だった。この日を平成15年のハッピーマンデー制度という愚策で第三月曜日に移動した。

休日となる前の7月20日は明治の御代に「海の記念日」と定められていた。

明治9年(1876年)7月20日東北巡幸をされた明治天皇の横浜港ご帰着がその日だった。明治九年といえば、尊皇攘夷で猛り狂う時代の大変換頃。終には官軍による東征がひき起こされた。戊辰戦争で日本が二分される内戦で官軍勝利から八年。からまだまだくすぶる炎が消えやらぬ時期。その敵地とも言える列藩の地東北。怨恨を払うかのように明治天皇がご巡幸されることとなった。ご巡幸当時の各地での逸話は涙なしで読むことができない。

帰路は青森から函館を経由して横浜まで灯台巡視船「明治丸」にて航海され、明治9年7月20日この日に無事ご帰着された。当時の時代の空気を感じつつ帰還なされた一行のつもる思いを想像すると「海の日」は単なる休日であってはならないと思わされるのだ。

浅草のそら 盆の送り

お盆も今日まで。送り日をどれだけの家で行うだろうか。
7月盆ってそもそもどうなんだろうかというところが満載なのだが。

それを証拠に明治政府の意向で陽暦に合わせた7月盆に変更した地域がもとの旧暦の盆月に戻した地域が散見されるわけで、TONの業界としては二回の盆月があった方が有難いと言うものの文化的にどうなんだろうとついぞ思ってしまうわけなのである。

それにしても、、、お盆期間に合わせたように梅雨の戻りのような雨模様が、こうまで続いた記憶があまりない。

日本人よちゃんとせぇ。と、言われているような感覚。あながちTONだけではないのではないだろうか。。。