浅草のそら

カ! 
36度だべ。。。直射日光に照らされれば40度近いんじゃないの?

真夏の恒例行事はラジオ体操。小学校も夏休み。朝の涼しいうちにチャチャッと体を動かして一日をスタートしましょ。ということで2週間続く。
TONはそんなお役を町会でさせていただいているが、もう朝の涼しい時間なんてお世辞にも言えない。酷暑は朝からやってくる。せめて水撒きして会場の砂地の地面の熱を落ち着かせたりしているが、撒いてる側から干あがっていく。
第一、第二とたかだか6分程度の体操を終えるころは汗びっしょり。

終われば仮住まいに戻ろうとなるが、自転車でフラフラ戻るより眼と鼻の先の工事寸前の旧宅に戻る事にした。

全てぶっ壊しちゃうのだから余計なこととは思うのだけれど、30年お世話になった部屋にやはり愛着が湧く。長年の汚れを掃除をしていると、童謡の光景、子供達の背比べで柱に書きこんだ子供達の成長の記憶が刻まれていた。こんな事を思っちゃうのだからジジイになったなぁ。TONよ。

浅草のそら

雨マークがなんとか取れて丸一日雲マーク。
実は今日は神奈川県の二ノ宮まで地引網に行くのであります。雨降られちゃどうしようもないからね。。。あ~助かった。

浅草のそら

最近自動車免許の更新のため高齢者講習を受けて目の検査で脂汗をかくはめに陥った。やばいなぁと感じたTONはメガネを久々に買い換える事にした。

TONは小学校に入学した時の検眼で視力が出ないと発覚し母が慌てて作ってくれメガネとのお付き合いが始まった訳で四捨五入すれば70年。長いでしょう。
精密検査で弱視と診断され母はお先真っ暗に感じただろう。
なぜなら当時の特殊レンズはとにかく高かった。父が亡くなった時500円札一枚だったと言う我が家。それから3、4年の猶予期間では家計の懐具合もたかが知れている。大枚をはたいて入手した貴重なお宝の如くのメガネ様も苦難の連続だった。学校にいけば物珍しさでいじめられ(当時子供の眼鏡は超めずらしかった)隠されたり壊されたり、ついには「僕、嫌だ。メガネなんかつけて行かない」と言えば良いのに、母親の心を傷つけたくなくてそっと部屋に隠して裸眼で出かけるようになった。いつの間にか手放せなくなったわけなのだが。

度が進むため定期的に作り直さないとならないのだが、コロナがあったり忙しかったりで、川を渡ればすぐそこにある懇意にしてくれるメガネ店に行く暇を惜しんでいるうちにメガネ店が両国に引っ越してしまった。

仲の良かった店主も2年前に亡くなった事も今日知った。
やはりやるべきことは、即やらないと機会を逸してしまうことを改めて肝に銘じさせられた。
いっつもそうだ。あの時も、この時も。。。
虫の知らせを感じたら即行動しないとチャンスを失うなぁ。。。というのが今日のTONの教訓だ。なぁ。。。

浅草のそら

間もなく東京はお盆を迎えます。
7月盆の所は全国を見ても東京、神奈川(横浜や川崎)静岡の一部や金沢の市街地北海道の一部など少ないと言えば少ない訳で、明治の改暦でのひずみはお盆が7月8月とこんがらがる歯目となった訳で旧暦に沿っていた日本の風習を無理矢理新暦にあてはめた結果という、これも歴史なのかなと思う次第。でも東北や関東甲信越、九州の都市には8月盆に戻した地域もあるわけで、地方の産業や文化はいかんともしがたいものがあるということですたい。

七夕も旧暦にあてはめてあげれば、梅雨の雨空を避けて満天の星空の可能性は高くなるのにね。。。

浅草のそら 今日は四万六千日

この日がここまでカラッと晴れるのは珍しいなぁ。。。というのが第一印象。

ほおづき市の中を歩いているといろんな音が聞こえてくる。
もちろんほおづき売りの屋台ばかりだから、売り手の掛け声がとにかく多いのは自然の理なのだが、それ以上に江戸風鈴の乾いたカラカラ音が耳にうるさいほど響いてくる。

江戸風鈴。東京に来たばかりの頃は何がいいのだろうと見向きもしなかったTON。
だってカラカラカラカラうるさいだけじゃん。
南部風鈴に慣れてたTONは耳を覆うようだった記憶。

いつの間にか、カラカラ音が耳についてしまったようだ。
カラカラカラカ。。。。。