麦の穂

先日いただいた麦の穂が、
こんなに綺麗な色になりました。

植物は刈り取られても、美を伝え、
人を感動させるんだなあ・・・

すごいなあ・・・

浅草寺

浅草寺境内は、今の管主さまが就任されてから、
さまざま手を加えられ、祈りの場、憩いの場として、
整ってきていることが肌身に感じる。

今までどうして手付かずにされておくんだろうと、
不思議に思えていた箇所が、
次々と手を加え、新しくされている。

確かに、膨大な資金が必要とされるだろうし、
それだけのお金があるなら、
宗教家は施すことに使ったらどうなんだ。
などと、持論としていつも腹に持つ。

けれどここは、し過ぎなかった…

何たって、
世界の浅草寺である。
日本は知らなくても「浅草」の名は一人歩きするほどのブランドである。

浅草寺テンプルに夢を抱いて訪れる外人も、
日系人もいらっしゃるのである。

戦争前の緑あふれた、浅草公園のイメージは、
ここに立つと、もろくも崩れる。

戦後の仮復旧のままの姿が、今までのここだった。

心ある方は心に思えど・・・ではなかったのだろうか。
巡礼地でもあり、これだけ巡拝者が集まっても、
お休み所は民間のお土産所のみ。

信徒会館すらないのである。

浅草寺病院を皮切りに福祉会館、御影堂周りのお堂群、
宝蔵門、公衆トイレ…

そのうち戦災銀杏を軸にした緑の多い公園になったりして。

心字池も復活したりして…  そうなったらいいなあ。

ここも、ようやく手がつけられた。
二尊仏裏の地蔵も貴重な史跡だったのだが、今までは無残な状態だった。
やっと手が加えられた。


うれしいねえ。

今の管主さんのご実兄が天台座主になられたことが発表された。
浅草寺、さらに変わるかなあ。

http://www.tendai.or.jp/journal/kiji.php?id=1170036339

大麦小麦

お得意さんのYさんが福島のお母さんと訪ねてくださった。

「はいお土産」

と、なにやら大きな包みをいただいた。
花束?にしては青々しているし、
だいいちBooに花束は似あわなイッショ。

はみ出ている葉っぱは、韮(にら)のようだし・・・
Booの韮炒め…?

開けて驚き「大麦小麦」
庭で採れたものだからということで
福島からわざわざ持ってきてくださったのだ。

「どうやって食べるのですか」と聞くと、
観賞用で実のつく前に刈り取ったの、とのこと。

ということで・・・

こうなりました。

Yさんに浅草名物をと思って、猫好き母娘とリサーチ済みゆえ
最近見つけた、浅草には珍しい美味しいたい焼きを買いに、
浅草寺裏に足を伸ばすが「開店準備」と言うことで空振り。

なにか良策はないものかと頭をひねって出た答えが、
猫=ドラえもん=ドラ焼き 名案である。

ドラえもんの好物にしようと駒形に走ることにした。。

ここ小川堂は、元はうなぎ屋ゆえ、
未だに、知らぬ人はうなぎ屋と間違えるらしい。
看板にうなぎの絵も出ているしね。

職人らしく、とっても飾り気のない
気さくなご主人なのと、
餡がとにかくうまい。

近くの隠れた名店と信じている。
世間話をしながら店内を見渡すと、

つい先日、皇室日記のテレビでみたばかりの
「桧の兜」が置いてあるではないか。
秋篠宮家に納められた兜と同じものだ。
それ相応にスケールダウンしてはいるようだ。

宮中に献納された兜の職人が友人で、
作ってくれたのだとか。

芯のある職人同士で、気が合うのだろうと、
勝手に思いながら写真を撮らせてもらった。

僕もこの小川堂のじいちゃんと気が合うということは、
僕も頑固オヤジということか!

この方、「最近はいい商人がいなくなった」
と口癖なのである。

これが付くと、いよいよ

もう来週末には、三社祭り。
早い。

提灯の架台を町内の鳶がつけて廻っていた。

こうなると、いよいよ だ。

浅草寺前も何となくそんな様相が…

ちょっとリサーチ

ちょっとリサーチ

早朝のテレビは、最近通販番組ばかりが目立つ。

だから、がぜんNHKになってしまうのだけれど、
時々、販売方法の研究心(いちおうネットショップ店長ですからね)
半分興味半分で、実際触手が伸びるのはどれだろうと各番組をチェックする。

同業者の放送もある。
その場合は見せ方(種類、露出方法、トーク内容)と値段のチェック。

好きなのは、日曜の早朝のジャパネットタカタの30分番組。
人柄と構成のよさでファンをつくるだろう。

でもダントツに目立つのは、ダイエット商品の番組。
楽して痩せるものから、エクササイズものまで、多種多様。

ブートキャンプって言ったかな。
黒人の米軍軍曹みたいな男性が運動している画像を
テンポのよい曲に合わせて流すのだが、
小気味良くて説得力がある。
ついつられて注文してみたくなる。

往々にして、多商品を見せるのではなくて、
単品にうんちくを傾けて、深く認知させている。
これは、参考になる。

ここまで商品に魅力あったっけと思うことまで付加価値にして
(オーバートークもありだけど)いる。

買わないと損だといつの間にか思わせられている。
なるほどねえ。

でもWebショップも動画を意識しないと、
ということでもあるようだ。

原点

お客さまからのご依頼で、
ろうそくのページを急きょてこ入れしました。

http://www.nenjudo.co.jp/page/mituro.html

ページ全てをリニューアルしたかったものだから
どんどん後回しになって、工事中のまま、
1年以上ほっぽらかしのままになっていた。

尻に火がつかないと動かないようになってきてしまった…

あ!っと、そうじゃなかった。
そうじゃないよ。

足元に火が廻らないと動かないのは昔からなんだ。
動かないから、動くように、火をつけて廻ったんだった。

後悔しやすい人だから、後悔できないように、
渡った橋を落としてきたんだった。

付和雷同だから、前しか見ないようにしてきたんだった。

初心を忘れちゃいけない。

お客様のおかげで、
また、原点を思い出させてもらった。

阿弥陀さまのペンダント

以前から取り扱いはあったのだけれど、
注文をいただき改めてマジマジ見ると、彫りがいい。

元型がよい。

他にも貴金属を使用した守護本尊入りのペンダントはあるのだが
彫りだけを比較すると圧倒的によい。

難点は、24kだから、地金が相場で動いてしまって
価格が安定せず困ること。

厚み、つまり重みもある程度あって重層さも感じられる。

オーマイゴット

また、闘争の季節となった。

あっち~~!
なんなんだ、この暑さは!

当店は、路面店です。
お客様の入店のしやすさを考えて入り口は、
閉めません。

ようするに年中あけっぱなしです。

雪の吹きすさぶ厳冬であろうが、
真夏のギラギラ太陽のなかであろうと・・・

当然、外気が構わず侵入してまいります。

エアコンをつけ温度調整します。

いちおう「チーム-6%」だから、
気を使うことは使います。

けれど、気を使わなくても、店員が勝手に上げます。

ぼく下げます。

店員上げます。

ぼく下げます。

上げる、下げる、・・・・

もう・・・戦いなのであります。

-6%は完璧にクリアーです。

いつもの年は、盆提灯が店頭を飾る頃からだから、
6月頃からのはずなのだけれど・・・

今年はすでに、闘争モードに突入いたしました。

地球温暖化の影響は、こんなささやかに暮す、
TONちゃんの上にまで容赦なく押しよせております。

明日は、いよいよ夏日。とか。

オーマイゴット!

明日に生きる

最近、人を送る機会が多い。

直接の知人ではないのだが、
友人の父親であったり、
夫、妻であったり、友人であったり、
である。

自分の年齢を考えたら、
そう…そんな年頃なのかもしれない。
自分を知る人が…
理解者が…
受け止めてくれていた人が…
世を去るというのは、すこぶる寂しく、かつ手痛いことである。
人間は情の生き物であることを改めて教えられる。

パンのみに生きるに非ずなのである。
情のネットの中で生きる力を与えられていることを
気付かされるのだ。

「80歳を越えたら、同窓会も開けなくなったよ」
「悪仲間がみんな逝っちゃっておもしろくない」

などと、年寄りに、昔からよく聞かされたものだ。
「ん~~そんなものかねえ」
などと生返事をしたものだ。

20、30代の頃は考えたこともなかったけれど
同世代がどんどん減っていく。

少し深く考えてみると、これは、由々しき問題なのだ。

なぜなら、同世代にしかわからない共通項が必ずあるからである。
つまり、ツーといえばカーが通用しなくなるということ、

常識が常識として通らなくなってくるということを意味している。

ネットの仲間で、同世代の集まりがある。
たいしたことを話すわけではない。

子供のときの番組覚えてますか?だの、
何して遊びましたか?だの、
駄菓子屋の思いでは?だの、

ようするに、思い出話だ。
少し前なら、考えもしなかっただろう。
そんな中で発言していると、心模様の変化に気付く。

自分の立ち位置を確認しているのだ。

自分が生きてきた足跡を、
同世代の中から自覚しようとしている…

そんなような気がするのだ。

だから、ネットを飛び出して、オフ会も盛んなのだそうだ。
ハリマオーについて語るだの…ね。

否、
くだらないと思うなかれ!

若いときには、「明日どうなるだろう」しか考えないで
突き進んでこれるものなのである。

50、60になると、これまでの積み重ねを確認しながら
次に進む、そんな考えが出てくるのである。

己の中で、温故知新を求めようとしている。

あの時自分はこう見つめてきたけれど、
同世代のあなたはどう捉えたのと、
ある意味、比較する意味はないのだけれど、
それが、どこか安心感を生むのだろうか。

とにかく、方法論はなんでも良い。
明日に生きるのは、自分なのだ。

だれでもない。
私なのだ。

パラオ

1日。
写経の日でもあったのだけれど、人に頼んで靖国神社に走る。

九段下の地下鉄出口から表に出ると、
青葉に溢れている大鳥居が目に付いた。

新芽の青い匂いは、
若いときはいやでしょうがなかったけれど、
今は、命の精気を感じて、なぜか力が出てくる。

もう桜も散って青葉が目にやさしい。

鳥居をくぐるとバスが10台以上留まっていた。
右翼の凱旋車にしてはおとなしいし、時期が違うなと思いつつ覗き込んで見ると、
「生長の家○○教会」遠いところは・・・オー。広島からの参拝だ。

忙しいとこぼしていても都内にいて、足をちょっと伸ばせば、
苦もなく来れる距離にいることは、なんと恵まれていることか。

浅草なんて近い近い。

今日の参拝記念は、乾菓子でした。

いつものように遊就館。

ちょうどパラオ展が開かれていた。

第一次大戦後31年間統治し、
教育や産業の振興に他の国に行なったように、
力を注いできたことも知らなかった。

国民の日本人への好感度は今でも高く、
その国旗やパラオ語になった日本語の多さにあらわれている。
約束、切手、電報、独立、恋人、寂しい、誕生日・・・etc

日本とパラオの関係がこれほど深いことをとを知らなかった。
浅学だなあ。ほんと。

見終わると、パラオに行きたくなっていた。単純な男。

駆け足で、見終わる。
飯田橋駅に向かう。
初めての道順で、方向音痴なので途中、地図を見い見い、
それでも見当ハズレになりながら歩く。

地図を見ると、○○坂というのがすこぶる多いことに気付かされた。
謂れを読みながら全部の坂を歩いてみたくなったが、ちょっとかなわない。

二合半坂を下りて富士見町をすり抜けて、駅に無事たどり着いた。