浅草はお祭り慣れしている町だけに、
次の日になれば、なーんにも残っていない。
きれいサッパリ。
何もなかったかのようだ。
空は薄曇り。夕方からは雨だとか。

浅草はお祭り慣れしている町だけに、
次の日になれば、なーんにも残っていない。
きれいサッパリ。
何もなかったかのようだ。
空は薄曇り。夕方からは雨だとか。

今日は隅田川花火大会で、町が朝から騒然としている。
未明から、足場を組む音でざわついているし、
こんな時間からと思う人の波が、
駅口から吐き出されてくる。

わけもなく人が多い。
花火らしく浴衣を着て雰囲気を盛り上げてはくれるけれど,
まだまだ、花火は先だよ。

ぎっらぎらのお日様が目に痛い。
準備完了になっている。
あとは暗くなるを待つのみか。

準備してますなあ…

来年はいっそ氷屋さんでもしようかしらん。
今日は隅田川花火大会。
夕方からの風が問題なのだけれど…
どうかなあ。

雲は出てたけど、
直射日光は暑かったからね。
坊主頭にはきついんだーー!

昨日同様、晴れ!
なんだけれど、昨日は見事雨となってくれたっけ。
さてさて今日は・・・

何にでも興味を持つのは僕の良くも悪くも特徴。
多少のばらつきがあるけれど、長い付き合いになる。
念珠作りも仕事と言えば仕事なのだけれど、
そう思いながら製作したことはない。
趣味というと語弊があるが…
ようするに好きの延長なのだ。
儲けようと言う気はないし、
会社を大きくしようと言う気もない。
こういう人が、株式会社を何故作ったのと時々考えちゃうが、
立ち上げた当時は、社会的信用と言うことが
一番だったからだけなのだ。
株式会社というくくり以外で、
自分の考えにあった企業形態があったら
とっとと作り変えたいと思っている。
まだまだ創りたいものがフツフツ湧いてくる。
お得意さんのO様から
絵手紙のお便り。
なんとも言えず…ほのぼの
真似しないとね。

愛宕ってもともとは、慰霊の土地につける名称。
その為とも思われないが、別格クラスの寺が軒を連ねている。

心霊スポットもあったり

肝試しに夜中、一周してこいと言われたら
早々に辞退するだろう。
こんもりとした杜は、都会の中に憩いを感じさせる一方
そこが霊地であり、聖地である。
つまり祈りの場なのだと言うことを
忘れてはならないことを感じさせられた。
放送博物館を下見し汗が引っ込んだ頃合をみて
勇気を奮って外に出る。
ちょっと目を横に向けるともうそこが愛宕神社だった。


本来なら、この男坂をハーヒーいいながら上るところ
グリーンヒルをとことこ歩いてくると苦もなく神社に到着と言うのは、
得した気分。
井上陽水の「断絶」のレコードジャケットのように

青年が階段に腰掛けて涼んでいたが、
緑が多いためか体感で2~3度違う感じだった。

ぼくは、これで涼んだ。
神社の由来を読んでいると
尊攘義軍玉砕十二烈士女という説明文を発見した。
昭和20年8月22日憂国の士が自決したと二行に渡ってさらりと記されていた。
境内を探したが、殉死された碑は見つからなかった。
ただ、柵で仕切られ、立ち入れない、草ぼうぼうのコーナーが、
ひっそりとあったが、そこが何を示す場所かの掲示はされていなかった。
後で調べると、どうやらそこが殉死した場所と判明した。
戦後22年の自決とは言え、憂国の思いをもって逝かれた志、
もう少し丁寧に扱えないものかと感じつつこの場を辞した。
考えると、
戦後に特攻が行われたことも、
1000名以上のB、C級戦犯と冠された元日本兵が
戦勝国の一方的な裁きで刑場の露と帰したことも、
多くの憂国の士が戦後自決したことも、
その多くが正しく伝えられていないことが、気にかかった。
地元で聞くと、他の戦跡もあったそうだが、
全て片付けられたと聞いた。
戦跡は残さない方針なのだろうか…
帰り道は、灼熱地獄だった。

昨日は暑かったですね・・・
でも夕方からは、乾いた風が気持ちよかった。
さて、本日は・・・
