
浅草のそら



コロナ騒動で人と人の接触を自粛せよとのお達しに(正しくは要請であって命令ではないのだが)、人との接触ができないというのはいかにも日本人の井戸端会議的情報交換の場、情の交換場が無くなる辛さはいかばかりかであろうというもの。
人との交流ができないというのなら、神様仏様との交流なら良いのではないかと思ってみたりなのだ。
この期間、どういうわけか写経用紙がよく売れる。
ネットからもそうなのだが、朝に電話を頂いて確かめてからいらして下さる方が多い。
聞くと、普段は忙しくてなかなか書けないからこの時とばかりに、写経紙を求められたのだという。
霊場の札所もこの期間閉じられているし、人の動きも止められている以上家にこもってできることはこれしかないではないか。いやないではないかではなく、今だからできるのだ。
霊場巡りには写経を収めることが必要条件。
夢々空手で回って欲しくないと思うTONの願いである。



全体主義国家のやり方がいいのか、全体主義を70年前に捨てた民主主義国家日本のやり方がいいのか。。。これはすでに戦争状態だ。意地でも勝たなきゃぁ。。。。



武漢から始まり西欧各国が都市封鎖をおこなって、人の息の聞こえない静まり返る光景は海の向こうのこととしていたものが、こんなに早く足元に迫ってくるとは誰が想像できただろうか。
それでも日本には法の不備ゆえに、ロックアウト(都市封鎖)はしない、ではなく、したくてもできない脆弱さが露呈して、日本人の良識に任せられる格好でこの日を迎えることとなった。
外出自粛に合わせて、二三割の店舗が店を閉め、純観光地としての色合いが際立った浅草は仲見世を真昼間に自転車思う存分走行できる信じられないほどの来街者の少なさである。
ここに緊急事態宣言が国によって叫ばれればどう出るか戦々恐々(とはいってももう腹はくくっているが)。
すべてゼロに帰した先人たちの復興の力を考えれば、こなくそと踏ん張れないはずはないじゃないの。と考える。
ただただ今思うことは、最前線で見えざる敵と戦っている医療従事者や自衛隊、政府、自治体関係者には心から感謝したい。
昼下がり。
今日は灌仏会なのだ。







