昨日のお空です。
賜弘法大師号千百年御詠歌御影
令和の改元にあわせて始まった四国お遍路での御詠歌御影授与。 (令和元年5月1日~令和3年12月31日)
弘法大師という諡(おくりな)が時の天皇より賜ってから今年で千百年という。
記念して、令和三年までの間にお遍路をされ納経をされると授与される。
各札所で授与される御影、その一枚一枚を一つにまとめさせていただいた御影額です。
一枚一枚を裏打ちして連結し額装させていただきました。

横160mmと大きいが額なのでコンパクトに見える。
2000年のプレミアム年の時には各寺院のご本尊の種字(梵字)の御影がありましたが今回は御詠歌が顕されています。
特に苦心部分は御影の合わせ面には筋が見えてしまいますので、細い金箔をつなぎ目部分に丁寧に押して(貼って)上品さを失わないようにしています。納経帳より掛け軸タイプの納経軸は圧巻ですが、こうした御影額もなかなかだと思いませんか。

金箔が見えるでしょうか 
浅草のそら

見るからに絞れば雨が降りそうな雲。。。
浅草のそら

気づいたら夜になってました。。。
ちょっとおしゃれに。
まだ途中経過なのだが、ちょっとおしゃれに装っている。
もちろんお客様のご要望にお応えしての試行錯誤中のものなのだが、中糸としてウーリー糸と銀糸をダブル通ししてみた。
写真ではちょっと控えめなのだが白水晶なのでキラリと光るのが見える。
銀糸自体は強い糸ではないので同時に入れるのはちょっとコツが必要。汗をかきながらようやく終了。
房を合わせるとなかなかいいなぁ。。。
浅草のそら

真っ青!
あれから8年
東日本を襲ったM9の大震災は商店会を設立してちょうど2年目にやってきた。
商店会の通りを参道としての体裁を整える工事として、敷石を引き詰め、高速道路かと見間違う味気ない街路灯をLEDの装飾街路灯に取り替え、やれやれ一息を付いていた。
このの冬はイルミネーションで、多くの方々をあっと言わせたいと思いない知恵をしぼりながら企画していた矢先の大災害だった。
イルミネーションのために用意していた予算は会員の承諾を受け、そのまま被災地への援助金に回してしまった。
人伝えで大船渡小学校に手渡すことができた。
夏場近くにひょんなことから東京藝大デザイン科と繋がり、彼らが愛情深く真心込めて制作していた、歌川国芳ばりの猫の化身、大化け猫のモニュメントを商店会として譲り受けることとなった。化け猫転じて福の神にしようと決めた。芸大の学生たちは五右衛門と名づけていたが、僕はご縁を生み出す福の神だから「御縁門」と命名した。
しかしあまりに大きすぎて通りに設置する場所が見つからない。
そうだ!東北行こう!
大猫なら猫の島の守り神にしてもらうことがベストなのではないかと会員と話し合い、被災を跳ね返そうと頑張っておられた石巻市の洋上に浮かぶ島、田代島、別名猫島に運ぶこととを決心した。全く手持ちはなかったが・・・
あまりに大きすぎて通常のトラックでは無理とわかる。
ちょうど会員の持ちビルの立替工事中で重機を回送する10トントレーラーを格安で叶うこととなった。
有志の手弁当と喜捨によって猫島に安置し、そしてその足で大船渡小学校へ追加の支援物資を運ぼうじゃないかと計画を練った。正直なところガソリンが心配だった。道路が心配だった。宿が心配だった。食物が心配だった。もろもろ心配の種は尽きなかったがエイ!とばかりに出かけることとした。
大化け猫は浅草神社の境内に出発まで祀られ、お祓いを受け清き御霊となった。
しかし、よくまぁ神社が受け入れてくださったものだ。
ここでまた神社とは浅からぬご縁をいただくこととなったのだから、本当に縁とは不思議なものだと思う。


そしてちょうど8年前の昨日、ご縁門はトレーラに乗せられ夜の東北道を北に向かった。
石巻手前で一般道に降り人気の全くないバイパスを石巻に向かう。
しばらく走ると潮とヘドロの混じった匂いが鼻を突く。いよいよ被災地に足を踏み入れた実感の中、少し前までは閑静な住宅地だっただろう荒涼とした区画の中にも人気はまるでなく、改めて胸を締め付けられた。河口近くの人気のない市民病院近くで野営するもゾクゾクして疲れているのに全く眠りに付けなかった。


そんな被災地入りで始まることとなった。
今日は猫島行きのフェリーで島に渡り、被災した惨憺たる島の状況に全員が思い知らされた日だ。
浅草のそら

すんばらしく晴れ渡る空です。
浅草のそら

栗東過ぎたら冷え込みます。雲一つないよ。
浅草のそら

雲のたなびく青空は清々しいなぁ。。。




