仕立て直し。本連から三万浄土へ

かくも豊かに作らせていただいた。

先代ご住職の遺品となる装束の水晶本連念珠を小分けして制作して欲しいとのご依頼で作らせていただいた。

尺六寸と言っても制作する職人によっていくぶんか玉の大きさに差異があるので簡単にはまぜこぜにはできない。
それ相応に仮組みして、不足玉を足して本仕立てに持っていかねばならないところが一般の工業製品ではない泣き所かも知れない。

でも水晶の表面が擦れて曇りガラスのようになった部分等みていると、生前のご住職が阿弥陀様の前で虚心に向かわれていた姿が見えてくるようだった。

楽しい仕事だった。

それでいいのだ・・・!

若い時には・・・、と言ってもそんな昔の話ではないのだが。

「TONちゃん糸通して」

おふくろが針仕事をするとき必ず脇に居る僕に依頼する仕事だった。
なんで見えないの?とよく尋ねた。
若い時は両目2.0だった母の依頼が信じられなかった。

けど、今はメガネをかけても見えない僕。

腰が、足が、膝が痛いから歩けない。
相撲崩れのヤクザ相手に大立ち回りもしていた恩師も晩年はまともに歩けなかった。

膝がね・・・

なんでそうなるの?

富士山に自転車を担いで登っていたTONという自信家は信じられなかった。

けど、腰ー膝を繰り返し痛めては、階段を上り下りにも苦しむようになった。

あの~人が、あの~~~誰だっけ。
年寄りの口癖。顔は思い出すんだけど、名前がね~
母親との会話には空気を読む才能が必要だった。なんで名前くらい覚えられないの?

けど、見事に同じことをやっている自分。

自分より若い30歳、40歳の人たちが腕が上がらない、回せない痛くて痛くて・・・

五十肩?何それ? 信じられなかった。
四十歳も五十歳になってもぐるぐる腕を振り回すことも、背中で左右の自分の手で斜めに握手することもなんの苦もなく行えた。

けど、右手が最近回らなくなった。痛くて。

老化というとわだかまりが自分の中にあるのだけれど、間違いなく先人たちの痛みも、苦しみもトレースしている自分。

信じられないくらい同じことをやっている。

あと何が待っているのだろう。

手が痛いし痺れるから自転車(スポーツ車)に楽しく乗れない。

やだやだと思えばほんとうにやだーー!なんだけど、このことに出会えなかったら、気づかなかったら、
人として相手の痛みがわからない中途半端な人間になってしまったかも。

だからそんな中でも、あたらしいことにもチャレンジしている。
できないなりに今の現状を楽しみにもしている。

ちゃんと巡り巡ってくるもんだと関心もしている。

だから、それでいいのだ・・・