
屋久杉土埋木
屋久杉の仏壇は江戸仏壇として随分販売してきた。
黒檀や紫檀よりも欅(ケヤキ)や桑、屋久杉がTONとしては好きな材で、とくに屋久杉の明るさは群を抜いて仏間そのものも明るくするので、つい勧めたくなってしまうのだ。
硬い唐木に屋久杉を組み込んだ仏壇は、我が家用としても使いたいと思っている。
屋久杉の伐採が禁止になって何十年経つだろう。
無垢の屋久杉の材から張り板にして使用するような時代になってきて、仏壇業界も随分と変化している。
念珠の玉としては意外に多少の価格の変化はあるにせよ、入手困難の知らせはまだ受けていない。僅かな端材でもあればなんとかなることゆえの安堵なのかもしれない。
仏具業界内での屋久杉の流通はさほど変化はないのだがルートが違うとランクがきちんと決められて表示されていることを知った。
数年前に目にしていたのだが、業界は違うし屋久杉のことなら30年前から気に入って勉強してきたのだから気には止めなかった。
だけれど、土埋木という表記ゆえについ入手してしまった。

20玉の片手に使用するほどの大きさだ。
木の香りも重みも油が多いと見えて異なる。

このカラーは始めてかな。
昔、「なんの影響も見られませんよ」と言われていた老山白檀が、あっという間にぐいぐい高騰し、かつ入手困難になるとは夢にだに思わなかったことを考えたら、国内産でも希少種の材料には、想いを寄せておかないといけないなと思うTONなのであります。
屋久島に行きたくなってきたよ~~~。
浅草のそら

オーダー二点
日蓮宗屋久杉尺2寸

黒柿尺2寸

浅草のそら

四国36不動胸飾製作中
二本の糸穴に対しての中間玉はこのサイズがせいぜい。
水晶を軸(共通)にして、胸側からインドヒスイ、本ヒスイ、水晶と入れてみた。
すべてインドヒスイでもいいような気もするし・・・
どうかなぁ・・・

(片側だけ通してみた)

ヘッド周り。
左の方の医師は、白っぽく見えてしまうけれど薄緑の本ヒスイ。

胸飾はこれだけ大きいのだから、いちいち金具をとったり付けたりする手間なくすっぽりかぶることができる。
と言うことは、首裏の金具は必要ないと思うが、通し紐の結び目が隠しようがないことに気づく。さてまた考えるか。
浅草のそら

浅草のそら

浅草のそら

やっぱり念珠は・・・
よくお直しで持ち込まれる。
もちろん同じお客様というわけではない。
おばあさまがお嫁に来られた時の花嫁道具の一つとして、とか、お婆さんが使っておられたのを頂いたのでとか、親子三代で使っているのでとかとにかく共通して言えることは、とにかく古いお念珠だということだろう。
だからというのではないが、最近の安価(もしくは安直)に作られる念珠と比較しても小さいし要は立派に見えないから大したものではないのだろうと値踏みしてしまうことが多いだろう。
玉の一個一個も不揃いだし・・・

これこのとおりなのだ。
けど、捨ててしまう前にちょっと想像してみてほしい。
おばあちゃんのお母さんの時代からなんていう話も聞くということ。
少なくとも大正時代、いや明治に遡れる時代に、水晶と珊瑚を使用した念珠を持っていらっしゃったということ。
その時代に水晶の磨きだしなんて手でろくろを回して作るしかないだろうということ。
そんな手間のかかる玉を180個もつないで作るわけで当時、安かろうはずはない。
また、婚礼祝いなのかもしれない。
なにか特別な思いを込めて手に入れたのだろうことぐらい察知できるというものだ。
そんな物語が伝えられていたのなら、TONもぜひ聞きたいと思う。
今回は仏壇の中にしまわれていたからと持ち込まれた念珠だったけど、手を加えればこんなに冴えるものなのだ。

緑色のはもともと付いていた房。
親から子へ、子から孫へ、孫からひ孫へ・・・代々、親心とともに次の代へ伝えてもらいたい。
念珠作りとしては、ついぞそんな気持ちにさせられる。

