
浅草のそら

浅草のそら

浅草のそら

時代が変わるということか
30年以上こういう仕事をしていると色々なお客様の意見を聞くことができて、思わず苦笑せざるを得なくなることも、それ以上に文化の危機を感じることもある。
仏壇を収めさせて頂く時には、その家にとっては大変喜ばしいことなのだ。
なぜなら、先祖をお祭りできる家が入ることなのだから。ご先祖様のおうちを建てれることが喜びなのだ。
これはセールストークでも何でもない。いかに仏壇を買ってもらおうかと先祖の名を借りて商売をしようとしての言葉ではない。
TONがこの仕事を初めて10年くらいの間にお客様から教えていただいた言葉なのだ。
10年くらいというのはえらく限定しているけど・・・と思うだろうがめっきり減ってきてしまったということなのである。まだお年寄りが(といっても戦前生まれのお年より)一家のうちにいらっしゃって、信心のないTONにでもわかりやすく噛んで含ませていただくように教えていただいたものだ。
そういうお年寄りのおうちに伺うと決まってお赤飯が炊かれていた。
おめでたいことなのだから・・・。
時が移ると徐々にめでたいことという感触から離れていった。
実用的ということがあきらかに優先となってきた気がする。
それは肌で感じることで、必要に迫られてということが購入動機の割合が多くなったことにもよるのかもしれないが、赤飯で迎えられることは皆無になった。
仏壇屋が家具屋になるのも日を待たないのではないかと思わされている・・・。
少し前にある方からお叱りをいただいた。
火がぼーぼー出て蝋がダラダラ垂れる。すすがめちゃくちゃ出る。
本和ろうそくをお買い求めいただいたからお小言を頂戴した。
洋ローソクがあたりまえの時代にあって、和ローソクの燃え方はとてつもなく火が大きい。
実は洋ローソクとて、もともと火が小さいわけなのではない。
芯の寸法を抑えることで出さないようにしているのだ。
と、いうことで快く引き取らせていただいた。
この燃え方にf分の一ゆらぎが隠されていて、人の心のストレスを癒してくれるのだということを理解していただいている方でないと使えないものなのだろうか・・・今は。
と考えてしまうTONなのである。

いいねぇ。。。和ろうそくの火は・・・・・
浅草のそら

ムディター夏号出ました。

表紙を飾っている高村光雲の老猿はTONの好きな彫刻のひとつ。
この人が、念珠堂の目と鼻の先の駒形町会に住んでいたことは案外知られていない。
幕末の話。
以前、光雲の自叙伝を読み、当時の仏師を取り巻く環境がいかばかりのものであったかを彷彿した。
浅草はやはり面白い土地だ。。。
浅草のそら

木魚
おや?
翡翠(ひすい)の木魚とな・・・
よく彫れています。。。が。
音は出るのかいな・・・

あれれ?超超超ぉぉでっかい木魚に乗っかっていますね~~?

と・・・・こうなるわけですね。。。(-^〇^-)

浅草のそら


