
いよいよ本番

わが町会の神輿。
この日しかお目にかかれないからしっかり見ておこう。。。
四十数年ぶりに本社神輿を氏子だけで担ぐのだとか。
正常化していく。
もともと氏子による奉賛の祭りなのだから当然といえば当然。
浅草のそら

まず一本

怪我後の初仕立て。
が、TON創作のお守り念珠でした。
指のセンサーが過度に敏感になっているので、水道の水が針のチクチクに感じる有様で、そんな狂った指で正絹紐を触っても、荒縄で擦られている感覚で痛いのなんのって・・・
指も思うように使えないし・・・
でも・・・創っていられるのって一番だね。
ともよ遠方よりきたる
ブログ上に自転車でこけたお話を書き込んだために思いもかけない方々のご訪問をいただいた。
講義していた担当の大学の授業を早々に切り上げてお見舞いに来てくださったN氏。
情報分析の結果、フランケンシュタインのような状態になっていたかと思っていたけど意外に元気なので安心したたとおっしゃって帰えられた。
田無から顔を見に来てくれたM女史。
同じく包帯でぐるぐる巻きになっていたかとおもっていたらしい・・・
フェースブックやメールでも頂戴してやはり大同小異の状態に想像の産物と化していたようであった。
電信情報社会はありがたい一面と、書き方一つで想像の翼を広がりすぎることをも可能にしてしまう怖さを(この場合は申し訳なさを・・・)感じた。
ま。たしかにね。。。
ここ最近の記事を読み返してみるとね。
事故ったあとの、顔面制動した歯抜けの画像を出しておけばよかったのよ。とは、上さんの弁だが、まぁ・・・百聞はなんとやらというのだから・・・
でも、そらぁ・・・いくらなんでも・・・
まして心の傷は映し出せないもん。
浅草のそら

有るはないの実地。。。
「いつも有るはいつもない」を書いたのが先週の土曜日。
あって当然と考えることは人の傲慢だと自分なりの感じ方を書いたのだが、その夕刻早速といってよいのか、身を持って経験しなさいとの仏の勧めなのか、最近手に入れたばかりのミニベロに乗ってさっそうと近くまで所要を足しに出かける途中、早速、体を張って実証してしまった。
手に入れた時、自転車はやたらと重心が前にあるすこぶる乗りにくい代物だった。
出かける前に調整が必要だなぁと感じながらも、用を足すのはすぐ近くだからと工具を手にする億劫さを優先してそのまま未調整の自転車で出かけた。
で、前転半回転を演じてしまったのだ。
重心が前よりすぎの自転車は下り坂に弱い。
まして小さな車輪となれば・・・前転の危険はつきものと理解していたのに。。。
歩道から車道へ出たところに人を避けようとした。。。ところまでは覚えているのだが、あっという間に地面に顔面制動していた。
人がTONの横を避けてすり抜けているのを感じつつも気丈に起き上がり・・・実際は、手は痺れ、足はモツれ、声も発せられなかった。
転がっていた折れた前歯を拾い自転車を引きずるって歩道までたどり着くのがいかばかり長かったことか・・・
両手とも針で刺されるような痛み、滴り落ちる血をハンカチで抑えうずくまるしかなかった。
体の痛みもさる事ながら、見知らぬおっさんとは言えべしゃんとカエルのように車道の真ん中で潰れているおじさんを避けて通っていったアベックがいたことに・・・おじさんは心が痛んだ。
以前見たテレビの番組でどこかの国で交通事故でうずくまる人をなにも手助けしないで行き交う人のモラルの低さを嘆く番組があったが、どこか似ているな。この光景・・・。
なんで転がったんだろう・・・
なんで自転車なんてほっぽり出して逃げなかったんだろう・・・
そもそもなんであの道通ったんだろう・・・
とぐるぐる頭の中を駆け巡る。
若けりゃ、ひょいと後ろに飛んで転がるなんて考えられないのに・・・
ん?
有るはないって書いたばかりじゃん・・・
痺れる指でキーボードを打ち込みながら、ハタと感じたTONであった。。。
浅草のそら

浅草のそら

大型台風に警戒とさんざん脅かされていたが・・・
夜中には熱帯性低気圧の通貨であっという間の風雨。

浅草のそら


