豆大福

美味しそうでしょ。。。あんこもいっぱい入ってます。

キャンドルですけど。。。

神の木

中米では御神木とされる木。
今はワシントン条約にかかるため木片の形でしか手に入らない。

その中でもまれに直径5~6cmの枝状で紛れ込んでいるものをよりわけたものがこれ。

とにかく塊状態での入手は困難なのだ。

で、玉をつなぐとこうなります。

片手に仕上げようかな。。。

東京大空襲

やたらと早くに目が覚めてしまったので朝ジョグに行くことにした。

今日三月十日は東京大空襲の日。
69年前の本日の未明に東京は特に下町一体は猛火に焼き尽くされた。

最近の資料では30%以上が二十歳以下の犠牲者が多かったのだそうだ。

そういう神妙な気持ちも手伝ってか、毎年三月十日は目が早く覚めて管内を回っている。

今日もそうだ。じつは三年前のこの日もそうだったのだが・・・


隅田川沿いは、桜まつりの準備の小屋掛けもすでに終了していた。

桜を待つばかり。

両岸ともに桃色に染まるのも時間の問題か。


言問橋脇に建つ東京大空襲殉難者の碑

慣れてすぐに摺りよってくるキジネコ。
こういう特別の日故だろうか碑をいつも守っているのかな。そんな思いにさせられる。

一輪のカーネーションが落ちていた。
やけに印象的だった・・・

2011

テレビをつけるとどこのチャンネルも震災の特集ばかり。
忘れては決してならないし、忘れられるわけもないことだけど、これらの番組を見て辟易するのは僕ばかりだろうか。
震災後、CM自粛のために公共広告機構のCMばかりが流れCMの終わりに流れるあのショートフレーズに嫌気が・・・というよりほぼノイローゼに近い症状を呈してきたころ、ようやく気づいたのかフレーズが消えた。

2011年は53歳から始めた朝のジョギングを毎日懸命に重ねていた時期と重なる。

3月10日朝はホームコースの隅田川両岸を走っていた。
東京大空襲の慰霊碑を気にしながら。

この日が来ると類した碑の前では手を合わす人も多く、昼になっればお線香を求めに来店され川辺に向かう人もいまだにいらっしゃる。
ここに住んでいる以上必ず首をもたげてくることなのだ。

毎年この日になると公会堂で戦争展が市民団体主催で行われる。
コース途中にある空襲による殉難者の方のための碑の光景が変わる。
その展示会のために慰霊碑の横に置かれているはずの言問橋の欄干の土台石が持ち運ばれるためちょっと空虚になるのだ。
そんなこともあって、
今日もやるかな、また見に行くか。
と思いながら何故かその日は公会堂には足を運ばなかった。

その翌日。

故にか鮮明に刻まれてしまっている。

それからもう3年かぁ・・・・・

手持ち無沙汰。。。

手が空いた。

貧乏性のTONは手に何のも持っていないのは・・・どうも・・・・

という時は紐を持ちます。

まだまだ知らない編み方や応用編みが手に紐を持つことで手が覚えていきます。

ということで銀と青緑の紐をごちょごちょ動かしています。

で、・・・・

そして・・・こうなってしましました。

ちょっとした違い

右と左。
水晶とトパーズのグラデーション。
変わらないのですが、どこか違います。

そ。ゴムの色がちがいます。

それだけのことなのに表情にぐっと変化が現れるのは、色を吸い込み撹拌する水晶の特徴ですね。
さまざまな色オペロンゴムが巷に出始めたのは10年近く経ちますが、初期のものは色落ちがしました。TONは石橋を叩いて行く方なので、新し物好きながら、後でお客様が困ることには手を出しませんでしたがこの色だけは使用に耐えたのでグー。

ゆえにこんな使い方をたまにしては、ひとり喜んでいるわけです・・・・