輪島塗の片手念珠
輪島塗に心が動いている。
輪島にこだわっているのではないのだが、椎朱も含めて塗り物に可能性を感じている。

沈金を入れるか蒔絵をしてみようか・・・・
何か創りたいなぁ・・・
浅草のそら

いよいよ明日は送り火です。
東京のお盆ももう終ります。
仕上がりです
古代紫の色が光の加減で難しいですがいい感じにあがりました。
七宝根付
だんだんと豪勢になってきています。
真珠まで入っちゃったし・・・・
あるお店にて
あるお店での出来事(うちではない)です。
会社で使用する商品をいくつか買い求めたお客様がいらっしゃいました。
どうやら接待用品として使われるのでしょう。
たくさん抱えて大変です。
いよいよレジで清算となりました。
対したレジ担当の店員さんは青葉マークの今日デビューのぴかぴかの一年生。
まだお客様と対面するとドキドキしながらの接客です。
商品を慣れない手つきで包装して・・・
(ちゃんとマニュアルどおり畳めた。完璧だ!やったわ)
(嬉しい)
よく解りますヨ。その気持ち。
包めないと頭に血が上っちゃうんですよね
ちゃんとレジも打てました。
(やったー!)
しかしここで予期せぬ要求がきました。
青葉マークどうする・・・
お客様:「領収書、書いてくれる?」
(まだ手書きの領収書なんて書いたことないわ)
青葉マーク店員:「お名前何とお書きしますか?」
客:「上様にして」
青葉マーク:「はい上様ですね」
はじめて書いた領収書。ドキドキはするけれど嬉しいものです。
意気揚々と元気に応えました。
青葉マーク:「上様様こちらでよろしいでしょうか?」
ジャンジャン!!
お土産
いただいちゃいました。
日光開山の祖、勝道上人が使われた錫杖の摸刻品。
男体山開山1230年を記念しての錫杖とな・・・・

つい一昨日、雨の中法螺貝を片手に白装束に身を包んで男体山登頂に挑んだTさんの山修行のお土産です。
途中、音信不通になって無事すまないかと心配もしましたが、ずぶぬれになりながら閉門時間ギリギリでふもとに戻ってきたことを知りました。
天空に浄土があると言われた勝道上人に手取りしてもらいながら無事降りてこられたのかなと勝手に想像しているTONなのでありました。
Tさんも不思議がっていたのですが、
開山1230年記念ということは、ネットで探したがどこにも告知されていないのです。
不思議だなぁ・・・・
浅草のそら

あいかわらず蒸し暑いです・・・
今日からお盆です
今日から東京はお盆である。
といってもぴんと来ないお方も多い。
けど歴然とお盆なのである。
けど気分は乗らない。正直なところは。
なんと言っても、民族の大移動が起きないとその気にさせない。
丁稚奉公のお休みが盆と正月だったのだからその盆は旧歴のお盆であって太陽暦の7月ではないのだから仕方がないと言えば仕方がないように思う。
でもお盆なのだ。
引用してみると以下のようである。
伝統的には、旧暦7月15日に祝われた。日本では明治6年(1873年)1月1日のグレゴリオ暦(新暦)採用以降、以下のいずれかにお盆を行うことが多い。
1.旧暦7月15日(旧盆) – 沖縄・奄美地方など
2.新暦7月15日(もしくは前後の土日) – 東京・横浜・静岡旧市街地、函館、金沢など
3.新暦8月15日(月遅れの盆。2.を主に祝う地方では旧盆とも)
4.その他(8月1日など)
明治6年(1873年)7月13日に旧暦盆の廃止勧告が山梨県や新潟県などで行われたこともあり、1.は次第に少数派になりつつあり、基本的に3.(月遅れのお盆、旧盆)がもっぱらである。現在の報道メディアでは、多数派である8月中旬(3.)を「お盆」と称するため、「お盆」というと月遅れのお盆を指すことが全国的になりつつある。沖縄県では現在でも1.の旧暦による盆が主流である。そのため、お盆の日程は毎年変わり、時には9月にずれ込む。岐阜県中津川市付知町、中津川市加子母は8月1日である。東京都小金井市、府中市、調布市などの多摩地区の一部も8月1日である。
明治維新後の新暦の功罪はこの側面だけを見るとき決して小さくはないと思う。
日本文化が未だに定まらないでいる部分が多い。消えてしまったものもあるけれど、形は残っていても元の意味を見失ってしまっているものははるかに多い。
日本が農業国としていた基本が風習の中に多く残っていたはずなのだけれど、そして月の満ち欠けを基にした暦の運用は本来の日本人の原風景と重なり合って体の中に持ち続けるDNAが呼覚まされる。
かといって今更太陽暦から太陰暦に戻そうなんてできないし・・・・
ついつい余計なことを考えてしまう。
お盆の期間が長いことは仏壇屋にとってはありがたいことなのだから・・・・
だけどどんなものなんだろ・・・・
浅草のそら

