
藝大生の自主作品を拝見。
猫が150匹以上生息するらしい・・・・;;

藝大生の自主作品を拝見。
猫が150匹以上生息するらしい・・・・;;


念珠を直していると、後ろから・・・
「もしもし・・・・」
「作業中申し訳ありません」と声をかけられた。
念珠の玉数についての質問だった。
通り一遍の答えだったけれど答えさせていただいた。
「被災した人たちに頼まれて・・・・」
という会話にはっとして聞き返した。
「どちらですか?」
「大船渡から」
そこから話の糸口が広がり、商店会の寄せ書きを大船渡の小学校に送らせていただきましたとなっていった。
「被災からすでに三ヶ月を過ぎ、表面は生活がなんとかできる状態になりはしたが、何か足りないというのです」
何か足りない。
落ち着かない・・・・
そう・・・・
多くの家族が仏壇もお位牌も全て流されてしまった。
あるべきものがないのだ。
ふと気が付いた。という。
「せめて念珠を身につけたいと思うようになったの」
そうおっしゃった。
心のよりどころ。
震災直後から自分は何ができるのだろう・・・
ずっと知恵を絞ってきた。
手に入るだけのローソクを被災地に陸送しようかとしたが、ローソクは危ないからとマスコミの言葉に、気持ちを押しとどめた。
こういうとき自分の仕事の中には何もできない。だから、仲間を募って物資を集めて急きょ送ったりと僅かな仕事をさせてもらった。
被災したばかりは衣食住の条件をそろえることが急務だったが・・・・
心の問題がどんどん顕現してき始めているんだ。
目に見える問題もいっこうに終息しているわけではないけれど、
人として人間らしさの根本をなす先祖供養や祈るというベースは、僕らの業界の責任として真剣に考えないと・・・・
本当に考えさせられた。


親玉に梵字。
向親にトラメ遺志。
四天に紫水晶に一文字づつ名前が入る。
プレゼントとおっしゃっていたけれど。
いただいた方は嬉しいでしょうね。

上野から浅草への大通り、浅草通りに自転車道が新装された。

以前の色分けしただけの自転車優先ゾーンよりはよくなったけど、これ車に乗る人はどうするのかな・・・・
しかも!バイクも止まっている。
道路監視員も歩いているじゃん。
しっかり棲み分けしたのはよいが、どれだけ地元に周知しているんだろう。
オートバイを狭い自転車道に駐車しておくなんてもってのほか。
ついでに言えば、この道一方通行になっているのだろうか。
自転車に乗る側からも啓蒙されていかないと、「環境」は作られないような気がするが。
オランダなどの自転車道の環境には程遠い気がする。

小田原のお寺に大掛かりな十三仏のお届けに出かけた。
遅れてはならじと少々用心が過ぎ、1時間以上も前に小田原入り。余裕が出てしまった。
どうしようかな。お昼を回る時間。
かといって食事をする気にもなれない。
いつも納品や訪問時のときは、食は抜いておじゃますることにしている。
小田原は市内から松田にいたるまで多少土地勘がある。
友人も多い。
そうだ。あそこに行こう。
と言うことで栢山(かやま)に足を向けた。
二宮尊徳の生家




自分の記憶にあるこの一帯の川面は、町中にありながらとにかく一跨ぎできるほどの小川も清き水が流れ、すくって飲めそうなほどの記憶があった。
生家も当時はぽつねんと田んぼの中にあって、ややもすれば見過ごしてしまいそうな風景だった。記念館の裏手に出るとやはり残念ながら水は濁って東京ほどではないにしろ口に入れたいとは思えなかった。

