
まだ水煙の上の玉はおとしたままね。
心棒は曲がっていました。
鯉のぼりが元気良くて勇気付けられます。
五重塔院の下に眼を移すと・・・
なにやらインタビュー中

アメリカ人?のクルー?どこだろう

まだ水煙の上の玉はおとしたままね。
心棒は曲がっていました。
鯉のぼりが元気良くて勇気付けられます。
五重塔院の下に眼を移すと・・・
なにやらインタビュー中

アメリカ人?のクルー?どこだろう
なかとも君が、雨の日も風の日も毎日がんばって集めてくれた義援金です。
今日、社会福祉協議会から預かり状が届きました。
いつもの協議会の募金ならば、半年くらいで集まるような額。
それがわずか一ヶ月で・・・
関心の高さを感じます。
それだけにまた、責任も感じるけれど・・・
まだまだ終息しない被災地の状況を考えると、
これからも息の長い募金活動が求められている気がします。
なかとも君がんばろうね!
みなさま、浅草においでの際は、なかとも君の頭をなでなでしてあげてくださいね。
そして・・・
募金もわすれないでね。
思いがけない来訪でご縁をいただいた。
当店でも置いていただけないかと問われたのだが、販売できる自信がなくて今回はお断りするしかなかった。
ただ、すこぶる興味があったので、図々しくも1冊わけていただきたいとお願いすると次の日には手元に届いた。
なかなかの力作だった。
1800円は安い買い物と思わされる。
手元に全国の巡礼の資料がある。
すでに歩く人もいないような霊場もあり、総数を見ると脅威を感じる。
日本の人々の心に住む・・・住んでいたというのが正しい表現なのか・・・
信仰心が形となったものと思うと凄まじいばかりの信仰心に培った日本と言うことになる。
今、こうして徐々に身近な霊場が粋を吹き返してくることに、一条の光明を見、感じるのは、けっして自分だけではないだろう。
僕が土木技術者の卵のころ、何度も壁にぶち当たっては激論になっていたことがあった。
どんな激論かと言えば、例えば川なら川の護岸を設計するとき、どの程度の川の断面にし、どれくらいの河床勾配に持っていけば、河水は安全に流れるか、そのために川の流域面積を計算し、都市部や山間部で変化する流出係数を決め、最終的に断面を決定していく。
そのときには過去の災害を紐解いて考慮していくわけだが、その段階で、災害規模を30年に一度なのか50年に一度なのか、100年に一度なのか考えて安全率を出していく。
その安全率のとりかたが新米技術者には、最大公約数的な取り方ができないのだ。
ついぞ「安全なほうが良いに決まっている」
そう独り決めして、基礎設計をしてしまう。
すると、先輩から「なにやってるんだ!」となる。
「何故ですかとなる」
まったく言うことを聞かないから、それを聞いていた上司からダメだしがくる。
「西ちゃんそうはいかないでしょ」「何円かかるの?」
若気の至りで、勝てないと薄々思っても、はむかう。
「人の命とお金とどちらが大事なんですか」
とやるから埒が明かなくなる。
今思うと、技術屋は最高のものを造りたいんだよね。
先輩も上司たちも。
最期は、「今は暫定値でも全体を完成させるのが優先なのだ」
で、議論は納得いかないまま終息させられる。
でも暫定値は、いつか納得値になっていくのがおちなのだ。
技術屋は、いつも理想論と経済効率論とのギャップに鬩ぎあう。
「想定外」と言う言葉を聞くと、いつも当時の激論が思い出される。
「想定外」なんて実はない。
予想はしていたけど、できませんでしたと言うべきなのだと。
だから設計強度をしっかりと表に出して、それを越える天災が起きた場合の対策をしっかりマニュアル化し、日頃から浸透させておかなければならないのだ。
それを怠っていたのだと。
少なくとも。技術屋なら。
夏の雲かと思うほどの入道雲がモクモク。
慌てて携帯(カメラ)を取りにもどった。
思わず空に向けて、パチリ。

熊本は雹が降ったと友人が教えてくれた。
人心が落ち着かないと天候まで落ち着かないのか・・・
念珠の種類に指輪念珠という分野もある。
こんなに小さいけれど、りっぱな念珠。
使いやすくするために今どきのブレス風になっていたものを、房の付いた従来のオーソドックスな念珠に改装させていただいた。

合理的に作られているけれど、どことなく味気ないし、パワーストーン屋のものと、さして変わらぬ風景にあきあきしてくる。

最近、ボサ付の念珠に嗜好が変化しているように拝察される。