こんなのあり・・・
某郵便会社から出した小包が10日ぶりに突然手元に戻ってきた。
「帰ってきてもいいよ」とは一言もいわないのに送り返されてきたのだ。
お客さんの元にはとっくに着いているものと思っていたのに・・・
慌てて集荷センターに確認してみると、「留守で会えなかったから」「再配達依頼のはがきは投函してきた」
「まず相手がいないとき荷主に連絡しないのですか?」
「する局もあるし、しない局もある」「統一されてはいない」
「それってシステムとしておかしくないですか?」
急に申しわけなさそうな声になって、
「おっしゃっていることはもっともだから上申します」
「担当者に確認してお答えしすね」
となって電話が切れた。
一時間もして再び「○○局ですが・・・」と、今度は訛りの強い言葉が電話口の向うに響いた。
配達局からだろうと思った。
しかし、先ほどの担当者とは手のひらを返して、
「留守宅で届けられないから荷主に戻してどこが悪い」という態度。
「電話をするシステムにはなっていない」という。
「荷は配達先の責任だから送り主には確認しないでいい」
あのね・・・
と、電話している僕は営業中のお店の中・・・
怒鳴るわけにはいかない。
息をう~んと吸い込んで・・・っと。
「もしこの荷物が人の生死にかかわるほどの重要な荷物だったらどうするの?」「受け取り側にもなんらかの不都合と言うものだってある」「荷の責任は手元に届くまで配送した方なのだ」「個人情報に触れるから細かい連絡先は送り状にかけないのだけど荷主はいくらでも連絡のしようがあるのだ」「せめて返送するならその時点で電話一本できないの?」etc.etc.・・・うだうだ・・・・
過呼吸にならぬように、落ち着いて落ち着いて、しかし、淡々とまくし立てた。
ついに相手は音を上げたのか
「次々に新しい荷が送られてくるんですよ」本音を出した。
って、一つや二つの荷物構ってられないって言いたいの・・・?
実際頭が下がるくらいに丁寧な局もあると言うのに、そんなところ一つのために全体のイメージが落ちてしまう。これは大いなる損失だろう・・・
あーこれはダメだと電話を切った。
人の振り見てと言うけど、自分も胡坐をかいた商売をしていないかと省みた。
絵般若心経
横浜名物みたいだ

浜っ子としましては、でっかいマリンタワーだわ。
どう見ても。
風神雷神
雷神です。


アップにすると憎めない顔をしています。
風神です。


こんな顔した親父さん昔は近所にいたっけなあ・・・
天部の神様たちは実に多種多彩で、人間味があります。
白檀阿弥陀仏

浅草のそら
おひさしぶり
いあや~~
お久しぶりだねぇ・・・
心配していたよ。
話題にもならないし・・・
もう引退しちゃったかと思ったよ・・・
あたりまえ
なんてない。
何一つ無駄なものなんてないし、
当たり前なことなんてない。
朝、目が覚める。
床から起き上がる。
身体を起こす。
洗顔をする。
歯を磨く。
朝食をとる。
出社前に、もよおして厠に入る。
気持ちよく済ませる。
流す。
支度をし、玄関に行って靴を履き出かける。
今日の仕事に思いを馳せる。
・・・・・etc.
ある人は、また一日が始まっちゃた。
あれもやらなきゃならない、これもやらなきゃならない・・・
そう思う人もいる。
子供時代は虚弱だった。
それはそうだろう。
母が唯一の働き手であった我が家だったが
しかし僕は保育園にも幼稚園にもいかなかった。行けなかったと言うのが正しい表現かもしれない。
日中は布団からまず出ることもなくテレビもないしんとした暗い部屋で過ごし、
姉が小学校から帰ってくるまで、一人で留守番をしていた。
サンサンと照る太陽の下、黒くなることもなく、友人と遊びまわって泥んこになることもなく、骨と皮の5歳児となっていた。
一年以上を日陰者のように過ごせば、生物学的にもどうにかなってしまうだろうて。
あまりにも目に余り、心配のあまり、母はTONを田舎に預けるほどだった。
数ヶ月の田舎暮らしに多少の人間らしさを取り戻しはしたが、虚弱さは相変わらずだった。
小学校に入学時には、友人との駆けっこについていけたためしはなかったし、
学校にもがぜん休みがちとなる。
だって体が持たないんだもの。
たまに登校しても持たなくて、保健室で寝ていると、天井を見ながら、何でこうなんだろうと子供心にも悲しみを覚えたものだった。
中学から初めた剣道は、自分の起死回生となったのだが。
そんな時代を経たせいかな。
当たり前と言うのが自分の中にはない。
朝目を覚ませるのか解らなかったし、
今日は美味しく食事ができるても明日は気持ちが悪くてのども通らないなんていうことでわからなかったし・・・
何だろう・・・
そうだったのだ。
当たり前にできることが不思議でならなかったしその癖がいまだに続いている。
子供時代は、狭い範囲でしか視野がないから、自分を不幸の中心においていたけれど、
大人になるに従って、ボランティアの真似事に首を突っ込んでみたりして
「あたりまえ」に胡坐をかくことの愚かさを肌身に沁みて解ってきた。
だからこそ感謝ができるのだろうと思う。
「あたりまえ」を捨てることができれば「感謝」を拾えるのだと思う。
そんな思いを常に感ずることのできる感性が自分の中にありますように・・・
そうでありたいと思う。




