6年目の再開 天竺菩提樹本翡翠仕立て腕輪

中学生の頃(ん?小学生だったっけ?)から通ってくれていたN君ももう立派なおじさん。いやいや失礼、社会の中枢を担う会社員だ。

以前に創らせてもらった天竺の本翡翠仕立ての腕輪を見せてくれた。
昔、清王朝末期宮廷で使われていたという念珠を直させてもらったことがあったが真黒けでどこが菩提樹なのかわからなかったほどだったのを覚えている。身も蓋もないほどのまっくろけ。
本来使い込んでいただいて年数が20年を越えていくと、始め白かったよちよち歩きの菩提樹の実も、いっぱしの顔になって年相応の風情が染み出してくる。
N君の天竺菩提樹は6年?と言うには古風な装いに変化していた。
光り輝くのは使ったその日の労を夜な夜なねぎらって乾拭きしてあげているからと直感的に感じさてくれる。

翡翠はジェード(本翡翠)だ。これだけの発色の良い玉は宝石の部類と考えてもいいくらい。滅多に出ない。数億年の結晶の緑と菩提樹の果実(天竺菩提樹)の組み合わせが年を取るほどに輝きを増してくる。

また6年たったら見せてもらおう。と冗談を言い合えるのはありがたいものだ。

その時TONは何歳だ。。。

浅草のそら 明治節(文化の日)

昭和一桁の母親の代の今日の日は天長節と毎度のことながら毎年口にしていた。
明治天皇のお生まれになった日。お誕生日、お生誕日ということなのだが今の人にはまず???が頭によぎるだけだろう。
けれど動乱の明治のご維新を西洋列強からの侵略に国を守り国土を豊かにさせていった明治天皇の足跡はその恩恵に預かる国民の一人として忘れてはならないことと肝に銘じているつもり。

母が子供の頃は和菓子屋だった家のフル回転の忙しさ。そう小学校で配る紅白饅頭を一家総出で用意しなければならなかったから。徹夜仕事だったそうだ。だから母は家業の和菓子屋が大嫌いだった。その息子は和菓子が大好きときている。

まぁとにかく今日という日を愛でる気持ちを持ちながら、よくわからない「文化の日」などではなく本来の気持ちに波長を合わせて過ごしたいと思う。