浅草のそら

江戸に居城を構えた千葉氏族は偉いもんだなぁとよく思う。江戸を除いて周りの都市がみな積雪で難渋していても、江戸の空はカラッとしたものだ。

が、高い山に水気を取られた乾いた冷たい風は関東一円を襲う。

昔の庶民は寒かったろうなぁ・・・おまけに乾いた風で乾燥した上に火が出ればあっという間に大火事になる。今では信じられないほど広域に延焼し、焼き出された人々もこの冬空の下、自失呆然だったことだろう。ゆえに公助、共助の精神が人一倍育ったのだろう江戸の町。

あ!そうだ。明晩は夜警の日だったっけ。。。

浅草のそら この日最後の天長節

今上天皇陛下のご生誕日ということは、昔の人なら誰しも天長節と呼ぶだろう。

昭和一桁のTONの母もそうだった。天皇誕生日といってもピンと来ないようだった。

天長節には学校に集まり紅白饅頭と校長先生からのありがたいお言葉を頂いて帰ってきたものだと戦後生まれのいい加減な耳と心は完璧にスルーしていたのを覚えている。もっと身を入れて聞いてあげれたら良かったと後悔している。

そして忘れてならない今日の日は、70年前(昭和23年)A級戦犯と指定された25名の日本の指導者の中で7名が代表して絞首刑された日でもあることを。当時皇太子であったそのご生誕の日を、一方的な裁判とも言えない戦争裁判の犠牲として刑場の露と消えさせたまさにその日に当てられた。

毎年この日になると、ふと合掌せざるを得なくなるのだ。

浅草のそら

今日は、成道会。

お釈迦様が悟りを得た日であり、仏教徒にはとても大事な日です。

キリスト教徒が人口の数パーセントの日本なのに、クリスマスがすっかり定着している。よくよくかんあえて見るとおかしな話だ。

ぼーと生きてるんじゃね~よ。。。と言いたくなりはしないが、子供時代はプレゼントをおねだりしたり、年に二度だけのケーキ屋ご馳走を食べたりとその恩恵に存分にあづかっていたのだから突っ込めるわけがないではないか。

ただ・・・キリスト様のお誕生日は盛大に祝って、仏教に深い恩恵を頂いてる仏陀には余りにも冷たくはないかの~という素朴な疑問からの思いなだけだ。ま、イエス様が洗礼者ヨハネに洗礼を受けた日を祝ってもらっているかといえばそんなことないのだから・・・痛み分けということだろうかな。

満月

姉弟ってどこかでつながっているものなのかな。

一昨日は父親が他界して丸60年。
回忌法要に60回忌というのがあるのであれば一巡と回忌とでもいうのか、生きてれば還暦を祝うようなそんな記念の一日になるのだろう。

昨日の早朝、走りに行かなくちゃとまどろんでいる時にそうだ!今日は父親の60回忌だと、自分なりに新設した回忌であることに気がついた。

父親の亡くなった年齢を意識して始めた朝ジョグ。
52歳で逝ってしまった親父の歳は越さないとと思いたって10年を越え、今の今まで続けているのだが、そんな気持ちが昨日は一日中胸の中に消えずに灯し続けていた。

そんな夕刻、海老名に住む二つ上の姉からメールが入った。
「昨日で60年だね」「小金井に行ってきたあの時と同じような満月が綺麗だった」

小金井というのは父の実家で、父が死んだとき我が家では墓を建てる経済的余力はなく十数年間居候させてもらっていた。

父が亡くなるとき姉は5歳。
死ぬような手術ではないのに術中に突然亡くなった。
姉だけが父が死んだ夜中に起こされ眠い目をこすりながら、病院まで満月に見つめられながら歩いて行った。

「パパが死んだ」潰れるような心を満月がずっと寄り添って自分を慰めてくれたんだ。ほんとに感じたんだよ。昔、姉が話してくれたっけ。

思い出した。

知らずうちに僕も昨夜の満月には何故か心が惹かれた。月は直接見てもいないのに・・・。

姉からのメールを受け取って、そういうことだったのかと腑に落ちた。