
避難した甲斐がありました。
犠牲花なし。
とにかくいろんなことが毎日

避難した甲斐がありました。
犠牲花なし。
とっとと避難しました(^-^
雨ニモ負ケズ
風ニモ負ケズ
大型低気圧ニモ負ケズ
えーい。低気圧がなんだってんでぃ。。。。
こちとら江戸っ子でぃ。。。。
よっぽど上さんの低気圧のほうが怖いぜぃ。。。。。
念珠のお直しを受けた。
腕輪念珠が数本なので、10分も待っていただいただろうか。
中に一本だけ珍しい造りのものが含まれていた。
込み入った作りで、玉も日本のものではない。
おや?っと思ったが人が作ったものならどうにか直る。
ただ、しかし、その一本は思いいれのありそうな重みを持っていた。
始め威丈高な感じで預けられたお客様が、気付くと背後にいらっしゃった。
手元をじっと見ていらっしゃる視線が何かを訴えている。
「これでお終いですからね」とTON。
「この持ち主は鳶の仕事をしていたんですよ・・・」と一言。
弟分の若い鳶。
生前から「兄貴にあげるから」と、話していた・・・
若くして旅だった弟分の形見として、お守りとして生きる念珠。
「ありがとう。ありがとう・・・・」
目が潤んでいるようにも見えた。
当たり前のように作らせていただいただけなのに、感謝していただける。
ありがたい仕事だな・・・・
店の前に置いているプランターのチュ-リップがきれいに咲きました。
でも・・・・
どうしてこんなに大きさが違うのだろう。

某テレビ局の取材です。
誰もいないじゃない・・・?
って?
いえいえ、ちゃんといますよ。
ナカトモ君が。立っています。
記者さん「一日中立っていますが辛くないですか?」
ナカトモ君「そりゃ寒いし、おなかすくし、つらいなんてもんじゃないよぉ、お兄ちゃん」
って、愚痴ってないか心配顏の店長です。
冗談はともあれ、ナカトモ君は義援金を毎日コンスタントに集めています。
「でもね、もうストップしないといけないんだ」(ナカトモ君談)
何故?「他の設置場所では全然集まらないんだって」(ナカトモ君)
3月から振り込み料金がかかるようになって、みあわないからと言うことで打ち切りなんですって。
最近の義援金が集まらない事情に対して、危機感を募らせたマスコミさんが報道番組で、「これからいよいよ復興というときお金がますますかかるのに?」と問題提起するコーナーで、ナカトモ君にラストカットをお願いしたいと申し込まれたと言うわけです。
だいじょうぶかな。。。。。
緊張して青くなっていたけど。。。。。硬いし。。。。

夢バスも走り、スカイツリーも開業。
日常がここでは取り戻している。
感謝だ・・・・
でも・・・・
手放しではできない・・・・
神棚の製造メーカーから荷物を送ってもらうと、決まって緩衝材は桧の削りくずを入れてくる。
くずと書くけど、決して屑ではないのだ。
ヒノキチオール満タンの香りが空けた瞬間に吐き出されて、箱の回りに森林が蘇る。
檜の森林浴を疑似体験させてくれる。
おいでと誰も声をかけなくとも、集まってくる。
癒される気持ちの良いところには、宣伝もトークもいらない・・・・
檜のような人間になりたいものだ。
(伐採されないようにしないといけないけど)

大阪のお客様の手作り匂い袋の亀さんは、数年前に当家に養子縁組してきました。
亀さんは「亀次郎」と名付けられ念珠直しに使うのり容器のお山の上に住処を決められそれはそれはかわいがられている毎日です。

ところが、ここ最近ちょっと出番がありません。
それもそのはず、神次郎君のお守りしている念珠のりは頭房などの付け房のときにしか使わないからでした。
最近直しで持ち込まれるのは、紐房のお念珠や、中糸通しのみ、はたまた腕輪のお直しばかり。
おまけにこの2、3日はででけることが多かったときまて、亀次郎君はちょっとご機嫌ななめ。
そんなことを露とも知らぬ店長でしたが・・・
店長(ぁれ?)
店長「亀次郎いつから片手をあげれるようになったかな?」
亀次郎「おとひゃん、こっち向いてくれないからょ」
「上げすぎてお手手いたくなっちゃったもん」
店長「お念珠直しの時には、いつもいいこいいこしてるでしょ」
亀次郎「さいきんやってないもん」
店長「・・・・・」
亀次郎「さぼってどっか行ってんのしってんもん」
(ギフトショーのことかいな)
店長:「あ・あ・あれはね・・・勉強」
亀次郎「おかあさんといいもん食べてきた」
(ちぇ、見てたんかい・・・)
店長「今度たんと食べさせてあげるからね」
亀次郎「いいもん!またのりでしょ。おなかいっぱいだもん」
店長「・・・・・」
亀次郎「もう使わせてやらないもん!」
店長「そ・そ・それは・・・」
いじけのスパイラルにはまり込んでしまっている亀次郎であります・・・・・
さぁどうするてんちょう・・・

お店とは直接の記事ではないのですが、TONの活動です。
宮城県田代島、別名猫島に猫の神様を運ぼうという企画で動いた時のことを記事にしていただきました。

離島の復興は本土以上に遅れていたので、実に気になるところです。