猫いくら?
時々聞かれます。
これお守りです。
決して売り物ではありません・・・・
詳しくは
http://www.1miya.com/goemon0.html
です。
とにかくいろんなことが毎日
お駄賃をお客様にいただきました。
親切にしてもらったから、僕が彫った物だけどね・・・
と、ショルダーバックをゴソゴソ探って手渡してくれた。
南天の木からお地蔵様を浮かび上がらせた。
長野の渡辺様ありがとうございました。

今日は三の酉。
以前は、人がきれなくてずいぶん遅くまで営業していた。
熊手を持つ人も以前とは比べ物にならない。
持っている人を探すのに苦労する。
肩に担がなければ持てない大きさの熊手は皆無。
ずいぶん様相が変わったな・・・・

それでも、人は街に溢れているのだから、浅草にくり出す人の目的が変わってきたと見るべきなのかもしれない。
久しぶりにTさんが訪ねてくれた。
仕事を替えて少しばかり余裕をもてるようになったのか、お顔が少し丸くなっていた。
それでも、朝の4時から夜の11時までみっちり仕事をしているというから、基本的に無理は変わらず。スリムな体も相変わらず。ぼくの心配も消えない。
四国を回った頃の話に盛り上がった。
もうあんな強行軍できないね。とか、ブログのない時代ブログの走りのような日記形式のレポートをさせてもらってよかっただのという話しから、流通を手がけている彼の口から、福島の話へと移っっていった。
福島産の農産物はまったく取り扱わないという話しだった。
流通の最前線の人の口から聞かされると正直怖いしやるせない。
なんと言ってよいのか解らなくなる。
国やマスコミレベルの話は半分(十分の一かな)と聞き流せるけれど、末端の消費者相手の現場では、そんな悠長なことでは済まされない。
現実売れないから仕入れられない。
福島の農業は・・・
これからいったいどうなるのだろう・・・・
浅草に木の精が出没している。
楽しいパフォーマンスだと思う。
ジャグリングの第一人者である彼が、ササクサスで選んだのはジャグリングの動のパフォーマンスとは異なる静のパフォーマンス。
延べ一週間程度のお付き合いだけれど、言葉を必要とせず、心の扉を開かせる「技」と言うものにとても深く興味を持たされた。
彼のおかげだ。

技をこっちに置いても好青年だった。
(雨の中の電車ごっこ)
浅草、雷門1、2丁目付近を根城に活動してきたササクサスも今日で打ち上げ。
東京藝大、台東区、墨田区のタイアップ、要するに芸術祭なのだが、二年目となったせいなのか慣れもあるだろうか、なんとなく去年の意気込みがしぼんだ感が僕には感じられた。
震災もあっての影響なのだろうか。
芸術は爆発だと著名な芸術家の言葉だったが、僕もそう思う。
溜めた内なるエネルギーの放出。
溜めて、溜めて、ためて、さらに溜めたる内なるエネルギーをビックバンの如く一気に爆発させる。
その一瞬の煌めきの中に人を感動させる。また、人を動かす原動力を発揮する。
だから芸術をTONは愛す。
学生時代しかできないことは大いに学生時代にやりなさい。通りもどんどん使ってパフォーマンスしたらいいよ。と出会う学生たちには勧めていたが、遠慮がちにしか行動は見られなかった。
せっかく両区がスポンサーとしてお金を出してくれるのだし、生産活動に直結しない芸術活動は、今しかできないんだから・・・商人としての僕の気持ちはこっちに置いておいて正直思うところなのだ。
だから僕の気持ちとしては、今年のササクサスは残念な気持ちにあるのだ。
正倉院展のお土産で買ってきたお線香。
香りは甘く京都好みの香り。
パッケージからしてここでしか買えないだろうと買ったTONでした。
蓋を開けて「日本香堂謹製」の文字。
小売価格で買っちゃった・・・
代理店なのに・・・・
「あたしが死んだらこれがいいわ。頼むわね」
大正生まれのちゃきちゃき江戸っ子姉さん。
○○さんとは呼ばないで、いつも「お姉さん」と呼んでいた。
ご両親を思春期の頃に亡くしながらも幼い兄弟のために懸命に生きられた。
歳を重ね体の自由が利かぬようになってからも、毎月の浅草寺へのお参りは欠かさなかった。
そのたびに、うさぎやのドラ焼を手土産に持ってきてくれた。
あるとき「お姉さんの若いときの写真が見たいな」と言ったことがある。
次の月、おずおずと恥ずかしそうに二枚の写真を手渡された。
そこには丸髷のかわいい少女が写っていた。
兄弟をかかえて生活していた少女は大人びて見えた。
目の前でお話ししてくれているお姉さんは同じ人なのだ。
生命の・・・いや、
人生の、不思議さが不意に脳裏を駆けた。
若い人から見れば一方の大人であっても、心はなんら変わることはないのだ。
自分は老人とまではいかないが、死ぬ時まで気持ちは変わるわけではないんじゃないのだろうか・・・
時という不変の法則下にある肉体の変化はどうにも手がつけられずとも、心の風景は故郷にいる親元にいつもある幼少の自分なのだ。
「彼岸に行ったら、お母さんに弟のことを守ってきたよと報告できるようにしたいの」
その思いは遂げられただろう。きっと。
その人のお位牌をお作りする時がいよいよきた。

昨日は夜11時に大船渡から帰郷しました。
目的は、猫島に商店会が里親になっている大猫御縁門を届けるためと大船渡小学校への表敬訪問でした。
媒体を通しての情報では、数パーセントしか伝わらないものだとつくづく感じさせられた今回の旅でした。
大猫御縁門も高速道路上に落っこちることもなく無事海を渡り、猫たちの待つ終の棲家ににたどり着くことができました。
ただ、行きはよい良い帰りは・・・で、猫島上陸作戦は、快晴に恵まれた往路であっただけに、帰りのオール雨の東北道はちょっとばかり疲れての到着となりました。
帰ると新聞が机の上に置かれていて、取材がボツにならなかったことを知りました。

どこから見ても白粉花。
子供の頃は、この種を潰して中身の白いパウダーを顔に塗ったりしたものだけど。
子供の頃はどっこにでも、道端や草むらに群をなしていた白粉花。
こんな花、あったりまえだのクラッカーだったのに・・・
今、都会に咲くと、大事にされる。
不思議だなあ・・・
今朝の収穫。
100mの区間に24個。
何でしょう?
価値あるものなら、毎日ルンルンなんだけど・・・
これ。

ほぼ2日おきに道路とにらめっこしながら剥がしてます。

参道に敷石を敷いて観光のお客様が景観を楽しめるようにと思っていても、足元に点々と黒点があったり踏んずけてしまったりすると、急激に楽しさも醒めてしまうもの。
これは立派な罪でしょう。
これも、

これも、

これも、

ご丁寧に紙に包んでポイだもの。
紙に包んだならあと一歩先に歩いていって、ゴミ箱に捨てようよ。
踏んだ後のあの気持ち悪さ。引きずるんですよーーー
ガム会社さん、チューイングガム協会さんポーズではなくて真剣に取り組みませんか・・・・
ポイ捨て禁止運動。
犬のウンチを放置しなくなったんだから、できるでしょう。
都市景観美化と治安維持
ポイ捨てガムや落書きはまちの美観を損ねる問題であり、かつ、治安にも悪影響を与えます。
ニューヨークの地下鉄で、ジュリアーニ前市長が落書きを一掃する事によって治安の回復を実現した話は有名です。
ブロークン・ウィンドウ理論(軽犯罪をほおっておくと無管理地区との認識で凶悪犯罪に繋がる)に従ってジュリアーニ前市長の指導力のもと実施されました。