想えば逢える

大阪のMさんに誘われて、のこのこ家族の法要の席に参加させていただいたのがきっかけでお会いするきっかけをいただいたネイティブアメリカンのCさん。

縁とは不思議なもので・・・(いや、不思議と思うのは、我々人間の目で見るから不思議なだけで、当然なことなのだが)
すでに浅草の店には過去にいらしてくださっていた。

数時間のワークショップのような講演のようなひとときの時間で自然という概念を改めさせられた。

それから数ヶ月、お礼の手紙をを出さなくちゃと思いつつも忙しさに流された。

申し訳ないという思いと、またお会いできそうな気持ちの両天秤でいるうちに昨日、見覚えのある顔が目の前に立っておられた。

使い込まれたジーンズの上下に長髪を後ろに束ねたとび色の瞳の方が目の前にいる。
そうCさんだった。

懐かしそうな眼に時の隔たりを忘れた。
語る側と受講者なのだから、記憶に残るには難しいはずなのに、意思の疎通はすでに完了していた。

野生動物の保護に誠を込めて頑張っているが、彼女の活動を理解できない者も多いと話す。動物の命をいただいて生き残る人間の性はせめて感謝と誠の心をもっていただくべきだという彼女の意思にもろ手を挙げて同意する。

日本人の本来の心にもそんな自然を畏怖する素朴な心は存在した。
国が高度成長する中でどこかに置き去りにされてしまった命の問題。

原日本人の心をアメリカインディアンの彼女から教えられるのだ。

思えば逢える

(どうしているかなぁ・・・)

心に思っていると、ひょんな拍子にばったり出会う。

若い頃から(今でも充分若いけど)そうだった。

思い焦がれていると、狭いとはいえこの日本の空の下どれほどの確率だろう。
天文学的に僅かな確率になるだろうに。
なのに二度も三度も電車の中でばったりと出会う。、

着いた電車から吐き出される人の群れと、ホームから乗り込もうとする電車の出口で出会いがしらで出会う。
出先の庁舎の廊下で出会う。
映画のワンシーンを観ているようだ・・・

数え上げたらきりがない。

つい数ヶ月前も四半世紀ぶりに新幹線のしかも上りの車輌内で「ヨッ」と声をかけられた。
彼とも数日前に安否を心に浮かべていたばかり。

この仕事を初めてからは特に顕著になった気がする。

「あなたのことを思っていましたよ」
相手は、社交辞令と思うだろう。

ところがどっこい、ぼくがそういうときは本当の本当なのだ。

まあ、あんまり真剣に言い過ぎたらそれこそ訝しがって遠ざかられてしまうだろうからほどほどにしている。
でも本当に不思議に思うこともある。

その一人、春日部(だったっけ)のSさんが訪ねてくれた。
すっきりした青年で、僕の甥っ子に瓜二つだったから特に気になっていた。
「赤ちゃんが欲しいけれどなかなかね・・・」
しっかり者のかわいい奥さんと照れながら話してくださった。

珊瑚の話をして、子宝に恵まれますように!と一連腕輪念珠を創らせてもらった。

そののちしばらく足が遠のいていた。
「どうしたろうS君」
そう思ったのは、つい昨日のこと。

「4ヶ月になりました」
そして
「ちょっと奥さんの体調がすぐれなかたから安定期に入ったら行こうと思っていた」とも付け加えた。

そんな吉報を告げてくれた。
涙が出るほど嬉しかった。

こんなだからやめられないんだな。

額装

表装すると全くイメージが変わります。

この場合は額装ですが、同じ額で般若心経の写経にも使えます。
これでも12000円強くらいだから、ご自分の作品を眠らせないで表装して欲しいな。

LEDライト

LEDが出始めのころ、電気代がかからないというのに気をよくして、店のスポットライトをLEDに切り替えようとしたことがあった。
が、安定器が必要だったり、ビーム光は弱いとかへたをすると店の造作まで手を出さないといけなくなるという事になって、涙を呑んだ過去がある。

最近縁があった電器メーカーの勧めで試験的につけたスポットは、12wながら85wのクリプトン球よりまぶしい。
しかも電器まわりの工事もいらないのだそうだ。

驚いた。
世の中どんどんエコになっていくんだな。

昼飯

当店をねぐらと遊び場にしている奴。


あっちばかり見てカメラ目線にならない。

眼の先にあるものは・・・

「昼飯だニャ」

遊び心

台湾のお客様に頼まれて、切り張りしてみた。

ちょっとした遊び心。

出来合いをそのまま使うのではなくて、

ちょっと手間を掛けるだけで、私だけのオリジナルが出現。
面白いでしょ。

モチーフになる材料は山とあるからあとは演出しだい。

組み合わせと配置次第でおもしろい雰囲気が創れます。

海外の方はどんな目で見ているのかな

うちは外人さんのご来店が多い。
以前は、見物ばかりで購買には至らなかった。
ここ最近は、とても積極的に品定めをされる。

質的に変化したと見るのか、ジャポニズムなのか。ドル安というのにね。

学ばせられることが、実は多い。
文化の違う角度から問いかけられることで、日本人として常識化している事柄でも、見方の違いによってこうも変わって見えるのかと再発見させられる。
だから、国際化していくことは、面白いのだろう。

神様に指指しちゃいけないよ

「ママ、あの時見た神様どれだっけ?」
可愛い声が念珠製作の作業をしている背中に聞こえる。

「しー。おとなしくしているの」
ママのひそひそ声が聞こえる。
構わず、その声は、ママを矢継ぎ早に質問攻めにする。

「私の神様なんだっけ?」
「なんて言う神様だっけ?」
「神様?仏様?どう違うの?」
「これ悪魔?」
「だって炎を出しているよ」
「何で炎を出しているの?」
etc.etc.

「静かにするのよ」
ママは終始穏やかにそして、静かだった。

静かな店内に自分たちの声が響くのが迷惑だと思うのだろう。
同時になんて答えるか店の人間に聞かれるのもおこがましいとも思うのかもしれない。

けれど、小さな好奇心は、的確な答えを待っている。
多少、小うるさくても小さな脳みそと心は、受け入れ態勢をとっている。
このときの一言が子供の骨髄に一番染みるのである。
ちゃんと答えてあげて欲しいなあ・・・

と思っていると、

「この仏様?」
ママはしょうがないわねとばかりに質問の仏像に指を差した。

「あ~~神様に指差しちゃいけないんだ!!」