今月の仏教ライフが届いた。

仏教ライフというのは、仏教情報センターから発行されている月刊誌だ。
仏教情報センターというのは、各宗のお坊さんが交代でテレホン無料相談を受け付けてこられた組織だ。終末医療に関する「いのちを見つめる集い」というのも企画してきている。

TONも体の自由が効いた過去において何度か伺ったことがある。
がん患者の集いだったが体験談を車座になって話し合い衝撃を受けた記憶がある。

90年代中盤からお付き合いさせていただいているので20年以上ということになる。

さて、今月は・・・と開いてみると、

あらま。ぶっちゃけ寺で有名な浄土宗の井上広法師の見開き特集だ。

「ぶっちゃけ寺がかなえたお坊さんの3つの夢」
という主題が面白そうで、つい時間中に読んでしまった。

「お坊さんへの誤解を解く」
坊主丸儲けという偏見。お坊さんもちゃんと税金は払っている。
被災地の支援に行ってもやるせない中傷の言葉にさらされることもある。

「社会参加する仏教」

「お茶の間に仏教」
仏教の教えは遠いものではないということ。生活に密着しているのだということだ。

というのがサブタイトルに別れそれぞれの講話は納得させられた。

TONにはあらにもうひとつ夢がある。

「墨染の衣を着て医療関係の現場に行ける」というものだ。

お寺様に確認されたらよろしかろうと思うが、相当な抵抗があると思う。

仏教に付いたイメージというのは、死と余りにも近すぎる。
仏教は、本来生きるために学ぶものであって死んだらなにもせず、仏になるのではないということ。生き方を仏教の中から見つけて欲しいと思うのだ(もちろん仏教に限っているのえはないけど・・・)

いつかそれも昔話になる時が来るような気がする。

我が内なる開国ということ

TONは梅栄堂の薫りがこの仕事についてからこの方好きなのである。

日本香堂では、沈香青雲。伽羅大観。沈香寿山。

まあとにかく自然の香木の香りが大好き。

煙の少ないものつまり微煙香が世の中の主流になってしまった感のある昨今だが、煙が少ないということは、香りを乗せるための分子、キャリアが少ないということになる。

だから微香であるとも言えるわけだ。

フランスの友人に頼まれたからと梅栄堂の商品を頼まれ買いにこられた。

さんざん探して、当店に行き着いてくれたらしい。

「香水の本場でこの香りですか?」と店のものが尋ねると

「この薫りがベリーグッドなの」だそうである。

もちろんフランス語で言われたのだろうが。

お墓に使う束になったお線香を大量に買っていかれる外人もいらっしゃる。
自分も含めたごく一般の日本人ならだれでも不思議に思うことだろう。

けれど、聞くとベリーグッドなのだそうだ。

我々日本人には、お線香=お墓参りorお葬式=縁起が悪い という回路が出来上がってしまっているようだ。

グローバリズムの波が押し寄せて日本のあらゆるものが開国を迫られている。

でも開国しなければならないのは、じつは我が内にあって常識という殻に守られ続けているものなのではないだろうか。

年末のプレリュード

もう酉の市。。。

熊手の声を聞くともう今年も終わりが近づいてきたと感じてしまう。

こんな季節になってきたんだなぁ。。。

くにふだゲームに参加しました

スタンプラリー「ケータイ国盗り合戦」の参加店舗になりました。

10月23日から浅草の加盟店で一ヶ月間行われます。

ちなみに当店は「大福屋のじい」という、くにふだカードを任されています。

500円ごとに一枚お渡しするそうですが、詳しくはアプリをダウンロードしないと意味不明です(TONはゲームやらないですからね)。

http://pc.kntr.jp/

昭和一桁

時々間違えて(だとおもうが)変わった額面のコインがレジの中に紛れ込んでいる。

人の目で判断するせいか、つい間違えてが重なり合ってそうなるのだが、ついに十銭白銅貨が紛れ込んだ。

フォト

古銭マニアだったTONには見慣れたコインだが、改めて現行コインに紛れると新たな感触に囚われる。

図柄がいい。

菊の御紋章が入るデザインはいかにも格調高い。

最近の・・・といっても昭和の時代から発行されているのだから随分なるが、近頃のデザインの無味乾燥さ(合理的なデザインというのだろうが)に見慣れた目には貨幣価値とは関係なく厳かさが増すではないか。

なにより日本国民が使う貨幣という感じを受ける。

以前はこんなこと感じたことがなかったのだけれどな・・・。

やはり昭和一桁までのデザインはいいなぁ。

十五夜十三夜

例年だとまだまだと思う十五夜もこの涼しさでぐっと身近に感じますね。

念珠堂もお飾りいたしましたよ。

今年の十五夜は九月二十七日。
   十三夜は十月二十六日にあたります。

ちなみにお月見団子はキャンドルですが。。。(^O^)

ある仏具店の前にて・・・

今日はさほどの暑さではない。

直射日光も厚い入道雲に遮られることで白昼夢をみるほど脳みそへのダメージは起きることはない。

それでも・・・

やはり暑さに疲れる。

ふと見るとグリーンの大きなパラソルが涼しげで、アベックだろうかすでにその木陰で一休みしている光景がどことなく懐かしい。

おまけに足元には満々と水をたたえるプールまで用意されていて、大人でさえ飛び込みたくなる。

なかなかの心遣いではないか。
ん~~~泣かせるぅ~~~~~。

ん?

あ~~~~~~~~~!

TONの店ではないか。。。。。(^O^)ナンテネ

心の響き

丸々太った封筒がポストに投函されていた。

アマゾンになにか残注文があったかな・・・

日本に税金を払わないと言われるアマゾンには極力頼むのを控えていたいTONの裏腹な行動に少々後ろめたさを感じながらその包を手に取った。

新宿区参宮橋・・・

「あ!讃禱歌だ!」

お地蔵様をお祭りしているお客様に讃禱歌の話をしているうち是非とも聞いて欲しくなって、店に戻ったらCDをお送りしますね。とお約束をして速や4ヶ月が過ぎ去ってしまった。

手持ちのCDには国連やプリンストン大学や芸術センターホールでの録音盤はあっても、大好きなというか、ぼくにとって一番思い入れのある、楽曲Ⅰが皆無になっていたことに後で気づいたわけで、地蔵菩薩の曲はこの中に収録されているのだ。
天空の響きを・・・

封を解くと参宮橋の毎週通った智韻寺の香りが漂った。

長くお付き合いしていただいているお客様から仏様を頂戴した。

奥様を亡くされて100体の仏様を彫ると発願された頃にお会いしたのが、もう・・・・20年も経つのだろうか。正しくは18年だったか・・・

若々しくてとても僕より一回り以上先輩とは思えない素直さと若さを併せ持っておられる方だった。お会いしたばかりの頃は一部上場の企業戦士の風格が漂う背広姿でご来店いただいていた。

凝り性で何事もとことん極める。
仏様を彫っていると聞いたときは見せてもらえるとは思えなかったが、何回かに分けて仏頭やら手のみとかパーツから、そのうち本体を、観音様、お地蔵様をと拝見することができた。

当時は彫り始めたばかりの頃で、情熱が先走っている感じの表現で、作者によく似た仏様を拝ませてもらえた。

TON主催の写経会に参加されたりコツコツ通ってくださった。

企業戦士を漂わす風貌からいつの間にか仏師の風貌に変化していた。

「お見せしたくてね」

と、しばらくぶりに訪ねてくださった。

念珠修理をしている間、積もる話をさせていただいた。

「そうですか77歳ですか」

彫りの仏像にも顕在していた。

へ~~~~。感動した。
欲もてらいもない。

木に隠れていらっしゃる仏様がひょこっと現れた。
そんな気持ちにさせてくれる仏様だった。

「一体差し上げようと思ってね。どっちがいいですか」が、これも縁だからね。
と・・・二体の仏様とも僕の御宝前に並んだ。

いただき守り

本当は合格お守りなのだ。

上野大仏といえば、ここ最近特に脚光を浴びている上野のお山に鎮座まします大仏さん。

とはいえ五体はない。

江戸期から現在までに何度も災難に会い、しかしながらお顔だけは今に残った。

お顔だけが祀られていて多くの参拝者が訪れる。

そのお世話役の方がうちのお客様なのでよく遊びに来て下さる。

そんなわけでひとつ分けてくださった。

棚ぼたで合格するんっじゃないの。

「努力結実」の上で「合格祈願」なんですね。