桜のじゅうたん。
ズムサタの下見ですね・・・
ユリカモメもほっと一息。
浅草歳時記。TONちゃん的目線で見た歳時記
桜のじゅうたん。
ズムサタの下見ですね・・・
ユリカモメもほっと一息。
今日で彼岸明け。
昨日の気温の緩みに桜も開花して、
かなりの人出だった。
今日は混むぞおお・・・
浅草寺に出かけた帰り、公会堂前を通ると、
東京大空襲の資料展を開催していた。
数年前に一度覘いて見たことがあった。
当時は公会堂が改修される前であり、
見た目にもきれいな会場とは言えない狭い部屋に押し込められて
独特な雰囲気がただよっていた記憶がある。
今年は、広い会場を独占使用しているほど規模が拡大していた。
ちょうど昨夜、石川氏のドキュメントをテレビで見ていたこともあって
誘われるまま入館してみた。
日中戦争から太平洋戦争までの経過を入り口付近に展示されていた。
南京大虐殺云々の新聞記事まで説明していたのには、少々驚く。
展示写真の一枚、松屋屋上からのパノラマ
ランドマークがなければ比較できない。
住み慣れている町だけに、感じるところ大。
写真点数が多くて
悲惨さを伝えるには成功しているように見えた。
駒形橋から上流を望む。
キリンビールのモニュメントに対比して、その足元に位置して
その碑はある。
関東大震災の子供たちの殉難者をまつったものだが
今日は、花で埋まっていた。
東武線橋梁の向うに浅草の対岸が見える。
墨田区側から言問橋を望む。
この川面が人で埋まったというのだから・・・
言問橋のしみは人のしみと言うのだけれど・・・
考えられないことだがそうらしい。
仮埋葬された言問橋際には慰霊碑がひっそり建っている。
普段は・・・この日でも気付く人がどれだけいるだろうか。
ぼくは、この際に住んでいたから、子供を連れてよく来ていたが
地元の人でも、この空襲殉難者の碑を知るひとは少ない。
ここ浅草に住んでいると、戦争の遺構や物語に出くわす機会がめっぽう多い。
華やかな町であるから、対極にある悲しみがなおいっそう特出するのかもしれない。
毎月初めの朝、浅草寺の掃除を慣行としているが、
掃き清められた境内にたつと銀杏の木には今なお空襲の爪あとが色濃く残る。
桜の名所の墨田公園沿いもさばききれない焼死体を仮埋設した。
乱痴気騒ぎの足元にそうした歴史があったことなどどこ吹く風。
片隅にそっと大空襲殉難者の碑を見つけて欲しい。
言問橋はさらに著しく被害の多かった場所。
焼死された人の跡が長らく残ったという。
つい最近ポーランド帰りのSさんの話を聞いたばかり。
決して許さないポーランド人の戦争への姿との違いに、
複雑な思いでここしばらくは過ごすことになるだろう。
http://www1.ocn.ne.jp/~susuma/bombing/bomb.htm
視覚障害者の方も数名おられた。
まだまだ、少ないような気もする。
雷門前は大変。
孤島はがらがらさあ・・・
この時間(11:20)には、この選手たちはもうフィニッシュしてらあ。
僕には、どうしてもこちに眼が向く。
冷たくないのかなあ・・・犬や。
明日はマラソン当日。
陸の孤島になるこの区域から外に出るためには
地下を通るしか方法はなくなるのだ。
夕方のうちに横断幕も張られ順路もわかりやすく。
これで準備完了。
地下駐車場へはここが入り口
雷門に向かっうまっすぐ地下駐車場のある道路(緑色の表示)を突き当たりを右折して江戸通りを右折するのがマラソンコース。
当店(赤い印のところ)がふくまれた逆三角形のブロックがマラソンの折り返しの為に交通規制されます。
地下鉄や道路上にも規制の表示が所狭しと出されるのですが
実は問題なく店には来れるのです。
「行けませんヨー」などと誘導員が声をかけるので
今日は行けないのかと思っってしまうのですが、
実は違うのです。
人の流れをコントロールする為に通せんぼしているだけ。
あ~~あ。こまっちゃうなあ・・・
今日は開店休業かな。
マラソンが近づくと分離帯に花壇ができる。
これでもかと言うほどに花が盛られる。
折り返し点で疲れたアスリートを慰めたいと言う気持ちはわかるけどね、
いつも花がいっぱいだと気持ちいいのにね。