モチベーション

時間の流れが早い。

あれこれ予定しているのに
何にも手付かぬまま、日が過ぎること、過ぎること。
このジレンマから脱出しないと…

しかし、体力が続かない。
四万六千日や花火大会など、夜の10時11時まで元旦など

中田の引退で「モチベーション」の言葉がよく取りざたされている。
「サッカー界ではよく使われている言葉です」って
アナウンスされていたけれど、そうだったかなあ。

モチベーションはどんな分野でも大切なことでしょ。
「やる気を起こさせる内的な心の動き」
Hatena diaryの解説である。
「意欲の源(みなもと)になる「動機」のことです」
三省堂ワードワイズの解説である。

動機一つで、結果に影響する。天地の差が出る。

モチベーションには5段階あるとか 。

戦後の食べられさえすればという、自己生存の動機というレベルから
中田にみられるように自己実現への欲求の段階まであるそうな。
(我が家は、子らをたべさせなあかんから、第一段階だ)

商売をしていて、仏壇屋が物を並べていて
簡単に食べていける時代ではなくなった。
このことは、痛く感じる。

密教法具や経典、経典解説書、写経等々関心を持たれるお客様が
すこぶる多くなったこの現実。

考えるまでもなく、数字は語っている。
このことは、自分なりにも肌で感じさせてもらえる。

「モチベーション」を調べているうちに
面白いサイトに出会った。
http://www.kokken.go.jp/public/gairaigo/Teian1_4/iikaego.html
国立国語研究所「外来語」委員会の書替え語提案。

最近カタカナ語、多すぎるものね。
知らんけれど何となく使っている言葉って多い。

また後で読んでみよう。

また寄り道が増えてしまいそうだ。

オーダーで思い出すこと

オーダーのご依頼が多くて、お客様にご迷惑をおかけしている。
たいへん心苦しい。

創作は、もともと好きなので、いつもぞくぞくするくらい楽しい。

自分流は、納得しないと、即、やり直ししてしまうものだから
待たされる側はたまったものではないだろうなあ…といつも思う。

お客様側から見れば、ただ、時間ばかりの経過が目立つことだろう
と、心が痛い。

昔、趣味の自転車で、
あきれるほどフレームをオーダーしては、散財していた。

ある日、憧れだった日本一と言われる職人集団に
清水の舞台から飛び降りて、注文をおこした。

夢を描きながら、何度も何度も設計しなおした。

シートチューブが何mm、トップチューブが何mm、角度が何度 etc
と、自分の特殊な体形似合わせ、細かく細かく指定しお願いした。
一言もなく受け取った。

仕上がりの予定を聞いて唖然とした。

「1年は、お待ちくださいね」と鼻からくじかれた。
そう…まあ、納得のいくものが欲しいから、どうぞよろしくと頭を下げた。
1年、ワクワクしながら待った。

予定日が過ぎ、1ヶ月が過ぎ、3ヶ月が過ぎ、半年が過ぎ
少し記憶から薄れていた。
ワクワク感はどこかに行ってしまっていた。

ついに連絡する。
「どうなっていますか」
「あ、できていますよ」
あまりにもあっけなく完成の返事だったので、拍子抜けをした。

フレームの完成までにと、関東一円をたずね歩き、
集めたオールドパーツを
組み立ててみると、とんでもない事実と直面するのだった。

なに!
ペダルが前輪と接触する…

スポーツ車には、当たり前のトークリップと言う金具が付属する。
なんとそれが、前輪の泥除けとぶつかるのだ。

試しに試運転をしてみると、みごとにカーブに差しかかると
足をとられ、こけた。何度もこけるのである。

ワクワク感どころの話ではなかった。
1年半以上待ったあげく、半年分の給料が飛んでいく…のである。

日本一の職人なら、なんで一言、言ってくれぬのか…
ふっと心をよぎった。

お客様からクレームをいただくときは、
いつもこの昔話を思い出してしまう。

ちゃんと職人としての義務を果たしただろうか…
やれることは、なかったのだろうか。

ずいぶん、できたぞ。新交通システム。

ユリカモメと同じ新交通システムが日暮里にできる。

足立区のドイトに行くたびに、何だろう、なんだろうと
いつも首をかしげていた。

新交通とわかったのは数年前。

でも、いつまでたってもピアーの工事ばかり、
桁がつながらないねーと思っていた。

それが来年19年に開通と聞いてからは、
あれよあれよというまに、ドーンとつながってしまった。

最後の難関だったろう、荒川をまたぐこの区間は、
きゃしゃな造りの他区間と違い、どの区間にも増して
頑強なつくりになっているように見える。
なかなかきれいなカーブと独特な構造で美しい。

来年が楽しみと思いつつも…
でも営業車両には、車掌を乗せてよね。
(運転手はいらないのだろうから)

スローライフには、サービスの低下は、
含まれていないはずですよね。

讃祷歌

今日はどうしたものか、ぜんぜーんお客様が少ない。
雨のせいにはしたくないが、少ない。
おかげで、念珠堂の倉庫の整理に汗を流すことができた。

おかげで、懐かしいものを発見した。

「歌マンダラ 讃祷歌 31回公演」
10年前の公演のパンフレット。
この公演の直前まで新宿のお寺まで練習に3年通っていた。
師の理想に共感したこともあったが
何より旋律の美しさに、魅了されつづけたためである。

さらにさかのぼること8年前(通算18年)にコラムで紹介されていた
讃祷歌と呼ぶ聞いたこともない楽曲に興味を示した。
讃美歌?祷り?さんとうか?山頭火?
?が4つも5つもついてしまう
試聴テープを依頼するも、期待はしていなかった。

まもなく送られてきた。

しかし、一度、耳にして魅了された。
感動した勢いで、感想をしたため、ポストに投函していた。

ある日、お店に電話が入った。

新堀智朝尼ご本人からであった。
はがき一枚の感想文に、作者がわざわざ連絡をくださった。

「こんなにストレートな感想を書いてくださってありがとう」
開口一番、か細くも芯のある声だった。
興味がわいた。

新宿参宮橋の小さな庵に、訪ねるのはまもなくのことだった。

お付き合いすればするほど
どれほどの教訓を与えてくださったかろうか。

早々に彼岸に渡られてしまったことを心から惜しむ。

パンフレットには、96年5月と記されている。
それまでの8年間、実際、歌ったのは3年間ほどだったろうか。
歌の世界には程遠いが、プロの声楽家と曲がりなりにも(大曲だが)
肩を並べて歌う機会を与えてくださり、歌の楽しさを伝授していただいた。

新堀智朝尼。
天才的仏教歌作曲家。

日常生活中、仏前でお勤め中、場所にかまわず、
自然と口からこぼれ出る曲を書き留めていかれた。
亡くなるまでの僅かな期間に240曲を越える曲を書き留めて逝かれた。

音譜一つ書いたこともない、一尼僧が著し続けた業績は大きい。
文字通り「天賦の才」と思っている。

宗派宗教を超えて、歌の世界で融和させようと試みてこられた。

「十年、世に出すのが遅かったわ…」
僕にポロリと、口に出されたことのある言葉だった。
今思えば、ご自分の死期を感じておられたのだろうか。

世の乱れを心から悲しみ、
女学生のような笑顔に似合わぬ、痛烈な(大人社会への)警告、
宗教界への警笛を鳴らし続けられた姿。

70才を越えてなお世界を飛び回られた。

そんな姿を、死の直前まで、間近に接することができたことは、
見えざる宝だった。

次の一歩を出す迷いを感じるとき、師の言葉を規範としている自分に
今も気付く。

じゃがいも

朝から嬉しいお客様。

PDSD(心的障害)という不可解な病に職も辞し
長く苦しみ(無理解の苦しみという副産物付きの病)続け
病に屈することなく
持ち前の頑張りで克服された。

その途上で念珠と出会い、当店と出会った。

「お蔭様で」

と、いらっしゃるたびに、感謝の辞をいただくが
それは、ご本人の粘り強さに他ならない。
(ちょっとお手伝いできて嬉しいとは思う)

「家で作ったんだよ」
と、浅黒く、見るからに日の下で焼けたのであろう、
健康的な顔に笑みがこぼれていた。
「ホー!」お芋だ。


これまた元気そうな土付きじゃがいも。

出合った頃の姿とクロスオーバーして胸が熱くなった。

思うと自分も
小学校5年の頃、無理解の中にいた。

判で押したように、4時間目の授業が始まると
決まって猛烈な苦しさに襲われた。

「すいません。気持ちが悪いんで、保健室行っていいですか」
恐る恐る手を上げると
「またか」の表情だけで全てが伝わってきた。

クラス全員の奇異と同情の眼に送られて、
保健室で天井見ながら泣いていた。

「何でこうなんだろう…」

そのくせ、昼休みになるとケロって直っている。
そのまま病人らしくしていれば、
幾ばくかの友人には、
同情し続けててもらえるであろう悪知恵は、
当時は、まったくなかった。

人一倍給食を食い、昼休みには走り回っていた。
「どこが病人なんだ」しごく当然の思い、
誰の眼にも映っただろう。

しかし、
来る日も、「先生、すいません」が続くのである。

「理解して」と願うことに無理がある。

そのうち、クラス中から揶揄されるようになった。
あとは、どうなってしまったのか、よく覚えていない。

PDSDを知ったのは、
40年経って、
図太いオヤジになった、今頃なのだ。
特効薬もあるという。

けれど、まだ無理解の土壌があるかと思うと
やりきれない思いも、あるにはある。

なぜオーダーのお店になったの

おかげさまで、
「オーダーの念珠堂」として覚えてくださる方が
確実に増えている。

「浅草念珠堂(実店舗は念珠堂)なら、
細かいオーダーに応えてくれるみたいだよ」

「そういう細かいことは(変わったことは)あそこ行けばいいよ」
と、同業者からも推薦を得て、ネットはもちろん、
実店舗の店にも、遠くは、広島や九州、青森のほうから、
尋ねてきてくださる。

浅草で下車されれば目の前なのに
どういうわけか、上野から歩いてこられる方も少なくない。
1キロも2キロもあるというのに、

他のお店をリサーチされながら、歩いてこられるんだろうが
申し訳ない思いにさせられる。

上野からここ雷門までには、60軒も同業者がひしめく
仏壇のメッカなのだ。歩いてきても飽きることはない。
(自分も何度お客の顔をして、往復したかわからない。)

念珠堂をオーダーの店に、特化しようとは、
もともと思ってはいなかった。

なのに何でオーダーの店に…

細かい仕事は、確かに好きだけれど…
出来たものを、販売させていただいたほうが、数倍楽なのに。

思い当たることは、ひとつある。
「自分が納得出来なければ、先に進めない」という偏屈さだ。

だから、
「自分が楽しめないものは、人にも勧めたくない」
となってしまう。

「納得しない以上、納得したものを作るしかない」
となる。当たり前のことなのだ。

当たり前と考ええているところが、すでに偏屈なのかもしれない。

我ながら、この頑固、辟易するときもある。
けれど、決して嫌いではない。

使い方によって、コントロール次第で、
お客様の側に(少しだけ)、
近くに立つことが出来ると、信じているからだ。

原発ならぬ、「頑固」の臨界点を超えぬよう
日々、努めている。

早く自動制御に切り替えないととも思う。

商機をあそぶ

今年は、遅れている。
何がって?
それはもうこの時期だもの
お盆。

お盆のしたく。
仏壇業界では、今が、かきいれ時(おかしな表現ですが)のはずなのです。

けれど、わが店は、未だに平常運転(多少、お盆らしいお飾りも、したのですけれど)なのです。

理由は何か…

1)忙しいから?
2) 仕入れるお金がないから?
3)お盆がきらい?
4)boo店長が歳をとって体がうごかない。?

1)の理由。これは理由にならないね。年中忙しいのだから。
 だからブッブー。

2)の理由。ん~あるかな…これは…金欠病 
 でもブッブー。

3)の理由。だったら仏壇屋やめちゃうな。
 だからブッブー。

4)あーこれはあるかも。
「最近、からだが動かなくてねぇ…」てなことないっしょ。
 健忘症ぎみだけれど…だからブッブー。なのだ。

じゃあ何でじゃい!

そ・れ・は、
お盆提灯をい~~ぱい飾って、盆だなを出して、毎年同じレイアウトにしていれば、
販売している気になってくる。お客様は求めているのだ。と勝手に思い、安心してしまう。ちょっとー?これでいのかなあ?って自問自答しまったのですね。そうしているうちに、遅れてしまったという単純なことでした。

夏の間、お盆が過ぎるまで、お見せしたい商材、これいいよっていう商材も、
棚は提灯に占拠されて、お蔵入りっていうものは多いのです。
それが、お見せできなくなる…ん~~。

今年の新人…いえ、新商品。きれいでしょ。

商売上手は、商機を逃さない。
考えるより、体が動いてしまう。

私は考えてしまう。
毎年毎年、同じエンターテイメントのようなことなのだけれど、
これでいいのかなあって。

ゼロにもどって、考えることにしている。

そのことで、商機を逃してしまうことになるかもしれない。
けれど、逃がしてでも、偽りのない商売をしたい。
そう思うから、「納得」の二文字が腹に収まるまで
反芻し続ける。

いつも新鮮でありたいと思う。

日本人

盆提灯がお店に並ぶと
ふだん何屋さん?
と、しゃべりながら入ってこられるお客さん同士の会話も
「お盆ねー」
「おばあちゃん亡くなってさあ」
「お葬式はいつだったっけ」

と、明らかに夏向きの話題に変化する。

人は環境によって進化する…いやいや変化する。

お客様から盆提灯の質問を受け、
久しぶりに、改めて虎の巻を読み返した。

それによれば、
「仏壇屋は、日本の文化を後世に残す使命がある。」

日本人の生活様式が、どんどん変化しお盆行事すら
行わない家庭が増えた。

「お盆は海外旅行」だの
「お盆は家族で海水浴よ」
「デズニーランドがいいよ」

ぶわ、ぶわ、ぶわっかもーん!
日本人の日本人たる心を何とするか!

そういうboo店長何しているの… て?

お店してマーす。って。
それは違うだろう。って?

日本人の根底にはね、お天道様に感謝する
言い替えれば、先祖と自然の恵みに感謝し、その気持ちをお返しする
そんな心がDNAに仕込まれているはずなんだよね。

だから、訳がわからないけれど、気がそそられるって言うことがある。
落ち着いてしまう。って言うことがある。

2500年かけて日本人の心の文化を創ってきたのだから
それが、短期間で消えるわけない。
お盆が近づくと
どことなく落ち着かなくなってくる。
ザワザワしくるのがわかる。ホントだよ。

そんなことおっしゃっている諸兄がいれば、お墓参りしてごらんって。
心落ち着かないときは、心に反していることをしてるんだって。
ちっちゃくてもいいから、精霊棚つくって、迎え火焚いて、
手を合わせてごらんって。

日本人でよかったーーって思うことが、大切と思う。

条件反射

もう、6月。

6月と言えば、

来月は7月。

7月と言えば・・・
僕の誕生日・・・いやいや、お盆月。

はーー・・・。もうお盆ですか。
ここ東京は、新暦のお盆なのである。

ありがたいことに、地方からの方も多いから、
7月もお盆。8月もお盆。9月は彼岸と立て続けに
供養心が表面化する。

とっても月々、供養月なのであり、
仏壇屋さんの忙しくなる月、つまり繁忙期となるのである。

こちらの気持ちも、どことなくあちらの世界が
(ここでいうこちらは自分 あちらとは、黄泉の国のこと)
なんとなく近くに迫ってきているような・・・
不思議な感覚がめばえてくる。

夏は、お盆提灯(ぼんちょうちん)。

今では、スーパーや、お人形屋さんにまで現れるように
なってしまい、「今年はもういいかなあ・・・」なんて
出すのをためらいたくなる空気が、若干なりともある。

どこでもやっているんだものね・・・
しかしこれは、言い訳けなのだ。

そういいながらも気付くと、倉庫から小物を出してきて
夏の準備をしている。しないと寂しい。

仏壇屋の性(さが)というのだろうか・・・

気付く前に、文句を言う前に・・・勝手に体が動いている。
ハブロフの豚・・・いや、犬というやつか。
ベルを鳴らされると、勝手によだれが出てしまう、慣らされた犬なのだ。

たまーに熊本の妻の実家に帰る。
養豚業をしている義父の仕事場についつい、子豚見たさに
豚小屋の中を散歩する。
なんのアクションもしないのに、豚たちがついてくる。
人をみるとよだれをたらす。子豚はいいが親はこわい
猪?と見間違える奴もいる。「僕は食えないぞ」心でさけぶ
まだいっぱいついてくる。「食ったら共食いだぞ…」
でも、これは人を見れば、餌をありつけるという養豚の習性なのだろう。

僕への愛ではないのだ。いや正しくは、あるのだろう。
細胞の一つ一つに、脳みその奥底に「生存する為の方程式」が
刷り込まれている。

6月になれば心がざわつく、僕とどこが違うか・・・。

もうちょっと考えようよ

ネットショップを始めてから
自分でも信じられないくらい
寝なくなった。

大丈夫かなあ・・・

と思うのだけれど、持ってしまう。
体がである。

こうしてパソコンに向かうのも、毎朝の日課。
3時には目がさめる。
何時に寝ても微妙な差はあるけれど

始めた頃(ショップを)は、夜更かしだった。
とにかく寝るのが、4時5時の毎日だった。
だから、ちょうど今のタイムテーブルがひっくり返っているようだ。

どちらにしても4時間前後という計算になってしまう。
なんでも、とことんやらないと気がすまない性格らしい。

3時4時からコツコツやっていると
ニュースが聞きたくなって、TVの「ながら族」になっている。
~しながらの、ながら族である。

衛星放送などという気の利いた文明は、当家にはまだ到来していない。
だから、アナログの地上波のかけ流しである。

ズーっと流していると、ニュースソースが少ないため
繰り返し繰り返し、脳みそに刷り込まれ
6時頃にもなると、口から勝手に「昨日のニュース」と
あふれ出てきてしまいそうになる。

さあ今日一日がんばろう!という活力に満ちたニュースソースは
ここ最近、ホントーに、少ない。

目を覆いたくなる「何でだよー!」が多すぎて
刷り込まれた脳みそが、感情に与える影響は、
負の影響ばかり・・・

湧き出してくるものは、ため息。

マスコミさんも報道や特ダネには大変なのだろうけど・・・
どのチャンネル見てもおんなじことを流しているものね・・・
「うそも100回聞けばほんとになる」アジ演説の効果(ニュースが
うそとは言わないけれどね)。
サブミナル効果って言ったっけ、心理作用は大きいと思う。

だからこそ
「うれしいチャンネル」「元気の出るチャンネル」「癒されるチャンネル」
「理想のチャンネル」「感謝のチャンネル」
って作ってくれないものだろうか・・・と思う。

子供の時、「七人の刑事」が大嫌いだった。
姉は好んで見ていた。力関係で、いつも見る羽目になってしまっていた。
見ると、心を暗くしていた。
現実が苦しいのに、「何で好き好んで、こんな人のあらを見ないといけないんだよ」
といつも喧嘩していた。

TVは夢を持たせるのが使命だろう・・・自分の中にはこのときに培われた。

まあそんな、たいそうな話ではないけれど
この先、デジタル放送に移行するなら、
絶対にこれさえ見れば、夢を与えてくれる
アンパンマンみたいなチャンネルがあって欲しいと思う。