巡拝軸の横軸

マンション生活には、床の間がない。
(神の寄る床がないなんて建築屋さんなんとかしてよ)
すると、どんな立派に仕立てても、祀る場所がない。

誰もが考えてしまうポイントだろう。

結局、空いている壁に吊り下げることに
ならざるを得ない。

そんな現代の住宅事情には…
横軸

表装も生地によって
イメージは全く変わってしまう。
いつも金襴ばかり目にしているから
緞子(どんす)で表装するのも素朴でいい。

お遍路用品にニューフェイス。準備は、着々。

自分がいつか自転車でお遍路に行くために
こつこつ準備をしていると
ふしぎなもので、

むこうから、準備に加わっていただける。
現在、手元にある地図も少し古いなあと思っていると、
ガイドブックの版元から、「念珠堂さまのお客さまから紹介されました」とばかりに
60冊送ってくださった。

もちろん委託ではあるから、売れた分ちゃんと
版元に支払わないと、縛に付くことになってしまうが。

「四国八十八ヶ所霊場早道ガイドブック」と表題にあるとおり
寺院紹介
詳細案内
経文 

と、懇切丁寧に編集されている。
使いやすそう。

あとは、出かけるチャンスを創りだすことだけなのだが…

夢のおはなし

夢は毎日必ず見る。
疲れていると、朝までぐっすり、
夢なんて何にも見ないとかいうが
どんなに疲れていようが、必ず見る。

空を飛んだり、冒険物だったり、押しなべて幼稚な夢が多い。

天然色の夢は、正夢だとか何だとか耳にするけれど
生まれてこのかた、色つきの夢しか見たことないのに
そのようになったためしがないのだから
マユツバ情報と思っている。

夢解きというものも、
してもらったこともあるけれど
全く信じないものだから、
一回でそっぽを向かれてしまった。

もともと見えないものは、信じないたちなので
納得できないものは、できない。
そのくせ、お化けと神様は信じてる。

昨日といっても、2時に目が覚めたのだから
今日といってよいかもしれない。

時の人、安倍幹事長と仲良く話している夢を見た。
「総裁選頑張ってね」

ため口である。

にっこりして何か言葉を返してくれたのだが、覚えていない。
「時の運だよ」とか言ったようにも思う。

その後に登場したのが、民主党党首の小沢一郎氏だった。
夢のような話なのだが、本当に、本当の夢の話。

「応援してあげてよ」
こちらも、ため口だった。

小沢氏は、軽くうなずいていた。
そこで目が覚めた。

たわいもない夢だったが、
ついに国政レベルの夢を見てしまったか。
と、目覚めてから興奮した。

よく記憶しておこうと反芻した。
ついでに、夜なべをしていた上さんに伝える。

「よく寝なさい」の一言で終いとなった。

浅間の風

ミクシーの知り合いが、
軽井沢を旅するという話を聞いて、
ふっと記憶がよみがえった。

はじめて軽井沢に足を伸ばしたのは、
堀辰雄の小説を読んだのがきっかけ。

「風立ちぬ」の舞台となった、
旧軽井沢に思いをはせた。

社会に出て2年目。
ほぼ毎日、自転車漬けになっていた頃だった。
もちろん足は、自転車となる。

横浜から長野までは輪行(車内持込)し、走り出す。
雨男の自分には珍しく、天候には恵まれた。

どこをどう走ったか、記憶にないのだが、
千曲川沿いに走り、
八角の五重塔のある、上田(塩田)に立ち寄る余裕もなく、
追分へ急いだ。

どこをどう回ったのか30年の年月は、
その道程を全くトレースできない。

ただ、記憶にあるのは、
どこまでつづくか知れない、浅間の雄大さ。

そして、碓氷峠からのダウンヒルの醍醐味。
高度を下げるたびに変わる風の匂いと緑の色合い。
爽快だった。
ときどき目に映る、明治の鉄道マンたちの遺構の異様さ。

そんな断片的な記憶ではあるけれど、
貴重な思い出である。

今でも「軽井沢」と聞くと、
いつも、浅間の風が吹く。

あつつつ

暑いイイーー
アスファルト熱い。

何でアスファルトなんて舗装に使うんだろ。
地下水汚すし、大体にして油で地面を隠してしまうのだからね。
地面をあるく気もしなくなっちゃう。

自転車でよく走っている頃、
車の重みで、中央はわだちができ、反動で道の端っこは、舗装が盛り上がっているところが良くあった(今はあまりみないなあ)そこを誤って通過すると、融けてタイヤに張り付く感じになってしまう。
ただでさえ、ばてるほどの日射にグロッキーぎみなのに
もうあきまへん。
すぐさま、
小休止に必然的になった。
すわりこみ、手持ち無沙汰に融けてる舗装面を
指でおせば、グニュと痕が付くほど、とろけている。
暑いわけだよ。上と下から熱せられてりゃ。

止め、止め、やめようよ。
コンクリート舗装にしよう。

油よりは、涼しいはずさ。

九段の涼風

月の初めで、火曜日
写経と靖国参拝がかちあってしまった。
こういうときは、英霊を優先する。

ここ最近、
日曜日とぶつかることが多くて、
4ヶ月も九段に足を伸ばせなかった。

8月ということもあって、よほど込んでいるかと覚悟していたが
何のことはない、40人程度の昇殿参拝となってしまった。

15日になれば、一般の参拝者も、
各団体の団参も多くて、身動きも取れなくなるのだろう。

へこへこ地下鉄の九段駅から、
胸突き八丁の坂を上り(少しオーバーではあるが)、
じりじりとした夏の太陽も手伝って、けっこうこたえる。

なのに今日は、なんと爽やかな日和だろう。

秋風?と思わせる涼風に後押しされるように
靖国の参集殿までいっきに駆け上がることができた。

飯田橋からのほうが楽なのに
とアドバイスを受けた。
今度はそうしよう。

靖国神社に対しては、内外問わず、いろんな声があるけれど、
来るたびに、元気をもらって帰れることは、
偽らざるを得ない事実だ。

帰り道、本屋をのぞくと
月刊現代が靖国の特集を組んでいたのが目に入る。

いつもながら立ち読み。
僕が父親のように慕っている、
天台宗の柿沼洗心師の取材記事が目にとまる。

奇跡的に故郷帰りできた「※北関大捷碑」の記事であった。

日本、韓国、北朝鮮の三国を動かし民間レベルで事を収めたことは
奇跡に等しいと感じさせられる。
柿沼洗心師の尽力なしでは難しかったであろう。

※北関大捷碑…豊臣秀吉の朝鮮出兵時に秀吉軍を大敗させたことを記念して
建立された。1905年に時の日本軍が戦利品として持ち帰り靖国神社に安置した。

靖国で始まり、靖国でしめくくった一日だった。

今日はこれ。

今日の昼食はこれ。

けれど、口に入ったのは、夕方も6時
「じゃあ、夕食じゃん」と言うなかれ。

袋には、「朝食」と書いてある。
ならば、これは立派な朝食なのだ。
食生活が知れてしまうが、仕方ない。
今日は、これ一食だ。


トマトジュースで練っているというだけに、パン生地の色もトマト色。
中にウインナーとタマゴサラダがわずかに入っている
甘くないので、朝には確かにいいかもしれない。

ココアは、さっぱりしていてインスタント特有の
いやな後味がなくて、おいしい。

さて、明日は何にしよう。

食べちゃった

朝、メールチェックをし、
「ながら仕事」をしているうちに
朝ズバファンになってしまった。

6時ごろになると、腹も減ってくる
そこに、朝ズバパン。つまり企画商品ですな。

何でも新しいことなら、首を突っ込みたくなる
この性格。
何とかならないものか…

買っちゃった。

ホワイトチーズが挟まっていて、なかなかいけるぞ。
明日は何にしようかな。

始めまして、よく存じてます。

ネットで勉強しあった同期のオフ会を浅草で行った。
オフ会といっても、昼食を共にする程度の短いものだった
けれど、オンとオフでは感じる世界が
まるで違う。

初めて会うのに、初対面の気がしないのは
先に心の交流があるからだろうか。

いつも感じるネットの不思議さだ。

浦島くん

忙しい忙しいといいながらも、やりたいことだけはやらないとね。

EC研究会の勉強会に、どうしても聞きたい内容があった。
参加したくて、店を飛び出した。

出掛けになると、いつも仕事がホイ!と入ってきて
身動き取れなくなるのが常なのだけれど、

今日もご多分にもれず仕事となり、一瞬ひやっとしたが、予想以上に早くに解決し、急ぎ神田に向かう。

先回からWeb2に関したゲスト講師ばかりで、目が離せない。

EC関連では、ワイナリー和泉屋の社長さん。

一見すると、どこのおじさん?と自分のことをさておいて、感じる風貌であったが、話の内容には、ヒントの種がごろごろしていて、ちょっと圧巻であった。

少しのぼせた頭をクールダウンさせながら、神田駅に戻る。
その途中・・・

実は、もうひとつ目的があった。
ここ神田にくるたびに、
実は、スポーツ自転車の草分け的存在「アルプス」を探していたのだ。

しかし、方向音痴に気ぐるみを着せたような僕には、
今まで何度足を運んでも、見つけることができなかった。

が、今度は、違う。準備万端なのだ。

ちゃんと番地を控え、
あらかじめマップファンで確認し、準備をした。

果して、探し当てた。

何のことはない。
前にも通っているじゃないの。

なぜ、見つからなかったの…

少し古いなあと思う戸をくぐる。

主人は、同じ年くらいか、
いや、ちょっと上だろうか。
自転車屋の親父という風貌。

伺った旨を告げると、

10年15年ブランクのある人が、
ここ最近、また走り出す方が多いという。

彼は、浦島太郎の「浦島さんと呼んでいる」と
笑って教えてくれた。

「は~。みな考えることは一緒か。」
心でため息をついた。

団塊の定年と関係しているんだろうか…

「けれど、自転車環境の変化に、みな驚いているよ」と
驚いているのは、僕だけじゃないことを慰めてくれた。

(実はもうちょっと長いの)
30年走っていないとは、ちょっと言いづらかった。