うそっしょ。。。

念珠直しは勉強の宝庫。
今は積極的に何処かの仏具店の下請けやお寺の営業がてらお預りまでしてお直し品を集めることはやらなくなったが、どこかで内の噂を聞いて直しの依頼は後を絶たないでいて下さるのはありがたいこっちゃと思うTONなのであります。
自分が作った念珠なら知れたものだが、京都だの山梨だの大阪だの中国だのと、ところ変われば癖変わるで、実に多彩でバリエーション豊富で面白い。
そうやって過去の積み重ねはみ~~~~んなTONの勉強材料となった。だからちょっとやそっとじゃ驚かなくなった。

わ~~~~!なんじゃこりゃ!

言ってるそばから久しぶりに驚いてしまった。
日蓮宗の水晶の念珠だ。
玉はまばらな穴を除けばしっかりと磨かれてて文句はない。中糸を通そうと親玉の縛り部分に目をやるとななんか変。結びがないのだ。
ぐるっと一周した糸は裏房の親玉から糸を出して結ぶのだが、、、その結びがない。

よく見るとネックレス製作でおなじみのつぶし玉を二個つぶした状態で親玉にくっついている。

こ、こ、これは!

ということは、糸を通す穴ぼこにはワイヤーが通っている?
予想通りぶっといワイヤーが何の欠損すり減りもなく生きていた。ワイヤーが白黒まだらに見えるところは水晶が削られてのことだ。
ん~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ここまで来たか。これじゃないと切れると思ってそうしたのか。。。よくわからない。けどね。

だんだん創れなくなる...

手枷足枷って今のような時かな。
念珠の素材がどんどん入手しづらくなる。伽羅沈香はもとより印度白檀、琥珀、珊瑚は赤のみならず、あんなに庶民の味方だった深海珊瑚に至るまで。仏像の材料にもその影響は忍び寄り白檀全般は仕方ないとしても柘まで大波をくらっている。
うっそだろうと思うが柘植が手に入らない。
紫金石、茶金石がない。人工石(ガラス)なんだからそりゃないべと思うのだが、こうした細工物が作れないのだ。

こんな事を書くつもりはなかったんだけど・・・

久しぶりに紫金石の勾玉。勾玉もどんどん作らなくなった。作れなくなったのか作らなくなったのかは知らないが、在庫から定番が消えていく。
その紫金石の勾玉でストラップにして下さいという依頼に応えた訳で、掌に乗せてコロコロしてながらふと気付いた。勾玉正面はオニキスかと見間違うほど真っ黒なのだが、背(側面)のみがキラキラとお星様がきらめいている。ハッとするほど面白い表情だ。
坂本竜馬は馬のように背筋にたてがみがフサフサして生まれたとの偉人伝だ。

ててがみではないけれど、何か神秘的に思うのはTONだけだろうか。。。

おかえり。。。

十年じゃ、きかないだろうな。。。
有難いことにTONの発案で創り始めた守護仏のネックレス。

ネックレスと言ってもれっきとした念珠として位置付けて作り始めているので、108玉をつなげている。
お釈迦様の御言葉には忠実にこさえたつもり。

もうかれこれ25年。。。あ!四半世紀かぁ。
四半世紀は経っているから初期の作品は言わずと知れて真っ黒けになっているだろう。
そもそも白檀も不浄を取り去ると言われる香木。それに魔除けの108玉仕様。
それに同じく白檀で守護仏を合わせたのだ。ついでに言えば心のこもり方が違うよ。

昨日お預りした一点は、きっと肌身離さずずっと持っていてくださっているのだろうな。玉の表情からも窺い知ることができる。
だからこうやって帰ってきてくれるとどこかしらウキウキしてくる。
TONも大事に大事に作らせてもらったんだもの。嬉しいよ。

玉が割れたら補充すればよし。まだまだ頑張れそうだね。

どうしてこんななのかな。。。

TONは職人の仕事って今現実に目の前の困難を駆逐することなんだけど、同時に「未来を想像しながら手を打つ」「未来の姿を予想して困らないように対策しておく」が仕事と心得ている。
今は念珠の職人稼業をさせてもらっているが、職人としての出発は土木技師職、つまり土木職人と思っている訳で事の大小はあれど職人に変わりはない。
土木技師だった時には、ここにこういう路線を通したら山はどうくる、ここにダムを作ったら水はどうなる、必ずその先を考え予想しイメージを膨らませて防止策を考える。そのための裏付けも嫌になるほど調査しておく。それが仕事だと思っている。
その癖は今の職人稼業に十分生かされている。そう思えたのは最近の話しなのだが。

まぁちっちゃなことかもしれないけどね、
今日修理の念珠を預った。一時間だけ時間をもらい早速取りかかった。
念珠をばらしてみると驚いた。
尺三寸の大玉の念珠を形造っている背骨にあたるのは中糸だが、それがあまりにも細い。
家の中ならまだよいが万一何処か外で切れた場合、玉の行方は知れず四方八方に飛び出してしまうことだろう。

古い念珠修理もしょっちゅう手がけさせてもらうが、昔の念珠は小さい玉穴にどうやって通したんだろうと思うほど、引越糸(髪の毛のような細い正絹糸)を束に撚って明らかに玉穴径+αの撚り糸を作りそれを通す。玉と糸とにはつゆほどの隙もない。だから、、、
仮に糸が切れたとしても何玉かは逃げられても概ねの玉は糸の摩擦力で飛び散りは遮られ、宙ぶらりんの状態で逃げることない。

念珠はいつか切れるもの。

なのだ。だから切れた時にいかに玉を逃がさないか。先を考えるのだ。

左/元の糸  右/お直し中

こんなに違うもんね。

シーブルーの平玉(限定品)

シーブルーカルセドニーの8寸玉でのブレス念珠。
少しばかり涼しい感じに受けるかもしれないけれど、色がいいよね。

一連は腕輪にしたけど天台宗8寸でストックしているので腕輪にしてしまうか迷いどころです。

水晶の大平玉

最近はどこも冒険しなくなっちゃって面白くない。

仏像メ―カ―も売れそうな仏像だけしいて言えば仏壇の中に祀る本尊だけの在庫をもつのみ。以前なら、仏像を厨子に入れて祀る本来のスタイルが台頭してきておもしろい空気が漂っていた時期もあったのだけれど、コロナを境に当たり前のスタイルに戻ってしまった。
念珠の玉にしても電気石やらテラヘルツやらなんやらかんやら、こちらが望むとも言わないのに様々な種類の新作が次々と現れて目の保養をさせてくれた。
のに。。。

店の在庫が乏しくなってきたのでいざ仕入れようと思って玉の確認をすると、「すいません廃盤です」を何度聞かされただろうか、伽羅や珊瑚や琥珀類は仕方ないにしても、椰子(やし)だの菩提樹だの植物由来の材料まで同じ理屈で通そうとする。
形状がイレギュラーっぽいものも同じ理屈におとしこめる。
売れる物しか作らない、ストックしないと言う事なのだ。

水晶も無キズものが手に入りづらくなったとは聞いていたが、新たには玉に作らないようだ。
大平の水晶が流通していないのには驚いた。何とか今回は玉メーカーの在庫を全部貰ったが腕輪を作るつもりだったけどどうしようかな。。。もったいなくなっちゃったよ。

長いおつきあい

初期の頃の白檀プレートだった。

もうずいぶん年季が入っている。玉も板も。よほど身につけていないとここまで黒くはならないよ。
玉を見ればいかに大切にして凝られたかがよくわかる。正絹紐は消耗品だけどそれでも奇麗な使い方だと理解できる。
お守りとして仏様を彫ってご自分の守護仏を自覚されてということで世に出したのだけれど、物に心をこめてくださることが、つまりはご自分の身に帰ってきているのだと僕は信じる。