原実好き

子供の頃は無類の現金好き。

お金をもらってはしこしこ貯めてはニンマリする。
古銭集めが趣味で、毎晩手持ちの銭をカタログと照らし合わせながら棚卸をしていた。

そんなまま大きくなっていたらどうなっていたことか・・・

おっと、今はそんなことを書くつもりはなかったんだっけ。

今の主流は石でも木でも素材をいかに丸く艶を出すほどに研磨している。

でも実のところは、元の姿がいちばんいい。

無加工の姿は得も言われぬ美しさがある。

つい手元に置いておきたくなってしまうのは、我ながら困った性格と思っている。

こんな色もありました。

久しぶりにお直しさせてもらいました。

こんなにきれいな緑もう手に入らないや。

当時でもちょっと無理していただいたけど、いいものはやはりいいな・・・

黄水晶腕輪

14mmの黄水晶の玉で腕輪念珠。

以前はそれなりに制作できたものだけど玉が・・・

ということは、片手を崩すしかないでしょう・・・


やっぱり、存在感があります。

赤瑪瑙(メノウ)といいましても・・・

赤瑪瑙と一口に言っても本当に様々な表情を持つ。

それに意外に最近の瑪瑙が生瑪瑙(白瑪瑙)を染めて赤くしていることを知る人は少ない。


これだけ赤さに違いがある。

もっとも今の赤は染めによる赤。

古い資料ですが

この赤い部分だけ切り取った玉も以前は見受けられましたけどね。
ここまで赤い天然ものは、今はなかなか見られない。

ネックレスから念珠へ

最近はネックレスの持ち込みが多い。

形見で頂いたネックレスをもう付けることがないまま眠っているより念珠に直せるものならとの思いで持ち込まれる。

こちらは、甲府の宝石園のタグが付いたままになっていた。
一度もつけないままだったのでしょう。

通し糸を切って穴の状態を確認してみます。

あ!これなら大丈夫。

日本国内の磨きのようで、玉穴の磨きに繊細さが感じられた。

ということで仮通し。

あとは、編み込みをして房をつければ完成。

形見

時々修理に持ち込まれるのだが、同じお客様からというのではなく、各方面から持ち込まれることを考え合わせると、昔、女性用の念珠として流行ったのかもしれない。

黒い部分は今ならさしずめオニキスということなのだろうが、これは黒曜石をみかん玉に挽いたもので、手作業で磨いた痕跡がありありで、一つとして同じ玉が見当たらない。

それに赤珊瑚の二天、興味のそそる真鍮のボサ玉 etc.etc.

房は一つ。

当時としては結構な値段だったのだろうと思う。

それだけに、お嫁さんや娘への形見として伝えられたのだろう。

ということで、原型のイメージを損なうことなく、玉数の間違いも正して、房も作ることとなった。

最後に房を切り揃えれば終了。

いつまでできるかな・・・

サーマインド。

老山白檀のプレートに浅草の観音様を彫り込んで腕輪に組み込んでの企画はずいぶん以前の創作。
全然古さは感じない。

むしろパワーストーン全盛の(少し下り気味かな)今だからあえて木製がいい。

完全手彫りのプレートだから、皆お姿が異なる。

TONの好きな一点だ。

ただ、彫れる人が難しくなってしまった。

プレートがなくなったらどうしよう・・・か。頭が痛い。