子供のための腕輪念珠

小さいお子さんも親の買い物をよく見ています。

念珠を好きな親御さんと一緒にこられたお子さんは、同じように「僕も、あたしも」とせがむことがよくあります。

で、TONは口に入れることのなくなった年齢のお子さんにつけてもらいたいと、ずっと作り続けています。

大人用としても遜色なく、貴石を用いて、ただ子供用にスケールダウンした片手念珠も20年前から始めました。が、リーズナブルなとなれば腕輪の念珠かな。

と、いう声に押されてハリやプラでということに落ち着き合間を見てせっせと作っています。

お子さんのものだと、自由なイメージが湧いて、次から次に創作してしまうんですよね。

さぁ、次はなんの組み合わせにしようかな・・・・

究極の強化糸

念珠のお直しの話し。

昨年ようやく納得のいく強い糸に出会えていざという時のために用意があるのとないのとでは心強さにおいて雲泥の差がある。

修行される方のためを考えると行場で念珠が切れてはいかにも心もとないだろう。

こちらも制作した介がない。

実際、数週間で甚だしい場合は数日で切れることすらある。

で、ずーっと強化糸、強化糸と心に留めて探しては実験してうなだれてきた。

下が一般的な強化糸

半年使っていただいた糸は切れやすい四天や親玉の石の小口部分でも変化は見られない。

へ~~~改めて驚いた。
技術の進歩ってすごいな。

次に心配するのは、糸に玉がついていけるだろうか・・・・だ。

練習練習・・・・

時々手を動かさないといけない。

毎日正絹紐を操って、念珠製作を百連二百連と作っているのならなんのこともないのだが・・・

紐編みで飾り作りはそう作るものではない。

となると、ただでさえ忘却の彼方にいきそうな技が、あっという間に霞んでしまう。

ということで、来客の合間にあまり紐を使って手慰みをしている。

この結びは季節柄の梅花結び。

何本か重ねて編むと綺麗な表情を出す。

最近は菊房の壊れやすさを嫌って作ることが多い編み込みの房の原型。

釈迦結びの二本取り。

それを立体に起こすと・・・こうなる。

と念珠の房の感じが想像できるのではないだろうか。

ふ~~~

それにしても・・・・

なんと忘れてることか。

けど・・・

手が勝手に動いてくれるのはありがたい。

ミニチュア・・・

ミニチュアといってもいいんでしょうね。
真言宗本連の形を踏襲して、忠実に作ります。

房の結びは案外面倒です。
なんてったって、紐の太さギリギリまで締め上げていますからね。

大きさがわかりますか。

手につけるとこんな感じです。

四国番外札所の念珠

よく持ち込まれるNO1が四国番外札所でいただける念珠玉を使っての片手念珠作りです。


新しいバージョンが出た模様です。一番右側。

紫檀材に梵字と寺名を彫り込んでいました。

決して新しい手法ではないですが、お遍路をして行く先々のお寺でいただけば、歩いた人のみかの特権、それはそれはありがたく感じるものでしょう。

編み込んで房をつければ出来上がりました。

紫檀のニューバージョン。

裏側には寺名が彫られています。

老山白檀

じわりじわり・・・・

じわりじわり・・・・

じわるじわりと念珠の業界にも押し寄せる波。

白檀。といっても老山白檀。入手困難の影。

丸太でいくらでも転がっていたのに・・・・

白檀の角棒をカナヅチがわりに使って、釘を打ったりしていたのに・・・

仏像の光背がまず作れなくなった。

台座も作れなくなった。

本体も作れなくなった。

なぜならチップで入るようになったらしいから。お線香を作るならそれでいいけど。

マレーシアの白檀まで値上がりしてきた。

さぁ、、、どうしようね。

星月菩提樹尺二寸

製作中ですが、玉の様子です。

星月菩提樹の大玉になると入手が難しくなってきました。

やはり尺二寸の玉は大きいです。

下のほうは天竺菩提樹の大平(尺0)です。

原実好き

子供の頃は無類の現金好き。

お金をもらってはしこしこ貯めてはニンマリする。
古銭集めが趣味で、毎晩手持ちの銭をカタログと照らし合わせながら棚卸をしていた。

そんなまま大きくなっていたらどうなっていたことか・・・

おっと、今はそんなことを書くつもりはなかったんだっけ。

今の主流は石でも木でも素材をいかに丸く艶を出すほどに研磨している。

でも実のところは、元の姿がいちばんいい。

無加工の姿は得も言われぬ美しさがある。

つい手元に置いておきたくなってしまうのは、我ながら困った性格と思っている。

こんな色もありました。

久しぶりにお直しさせてもらいました。

こんなにきれいな緑もう手に入らないや。

当時でもちょっと無理していただいたけど、いいものはやはりいいな・・・