駒形堂ご縁日

今日19日は、駒形堂、本尊馬頭観音様の御縁日。

この日は毎月駒形堂内にて浅草寺住職による法要が営まれる。
雷門東部町会が法要を支えてきている。

昔は駒形堂の位置はここではなく、30mほど下流に位置していた。
ちょうど駒形橋の辺り、今は浅草通りの車が行きかう真ん中に位置していたことになる。

江戸の当時は橋などなく、渡し場があった。
渡しを渡れば江戸を離れる。さらに古くは宿場としても栄えた土地柄でもある。

当時の駒形堂は、現在とは180度逆に向いて、つまり隅田川に向かって建っていた。
今で言うウォーターフロントがすでに生かされていた水の都であったわけで、浅草寺の戒殺の地ともあり、水辺に住む魚類を獲ることは禁止された地でもある。
川を向いて建つ駒形堂は、同時に行きかう大小の舟の運行の安全をも担保していたのだろう。

本日いただいた散華には、ちょうど江戸時代の駒形堂の図が描かれていた。

ちゃんと川に向かって開扉しているのがうかがえる。

靖国神社


ここに来ると新しい月が始まった気がする。

毎月のことだから習慣になっているのだろう。
指折り数えるとちょうど16年目になる。
16年前の二月に初めて昇殿参拝をさせてもらったのだから、月日ってなんて早いんだろうと思う。

須佐さんも昭和浄苑の理事さんも懐かしい。
皆、大戦の生き証人の方々ばかりに囲まれていた。
本当に時って速い・・・

二天門

まだ、二天はご不在のようだった。

二天門ー二天=門 である。

主のいない門は何とも寂しい限りだし、間が抜けて見えてしまう。
早くお戻り願いたいものだ。

二天門完成間近です

まだ、二天がおわしませんので・・・ 
今は単に「門」です。

ベンガラの朱赤がえらく神々しいのだけれど、10年もすれば落ち着くかしら・・・

以前の二天門を知る人には全く違った印象を持つのではないのだろうか。

二天門

二天門の覆いがはずれている!
屋根部分がすっかり青空の下にあらわとなっています。

月初の朝のお掃除会のとき気が付いたのだけれど、忙しくて行けずじまい。
ようやく今日、写真を撮りに行けました。

国宝の本堂も五重塔も先の大戦で灰となってしまった今は建物として唯一の重要文化財となる二天門。

凄みを増した感があります。

二天門

ふと見ると、中が透けて見えたような・・・

眼を凝らして見ると・・・

やや!
屋根が見える。

馬道側に回ってみた。

あ~~。お久しぶりです。

浅草寺境内にて

日はさすがに暑くても秋風が時節を告げている。
空はあくまでも高く蒼い。

暑さ寒さも彼岸までは昨年までは例えに使えたが、ことしはどうだろう。
彼岸を待つことなくすっかり秋模様を演出している。

そんなことを考えながらいると、
日の光すら残光という言葉が似合いそうな気がしてくるから不思議なものだ。