タイムテーブル

都会は不夜城という。

最近24時間営業のコンビニ論争が盛んだが、
是非は別にしても、夜活動しなくてはならない人々にとって、
治安も含めて一助になっている事実は見逃せない事実だろう。

25年前の第二次オイルショック時のエネルギー問題は悲壮感すら感じた。
世間の論調も受け入れる土壌を醸造した。

深夜放送の取りやめ、ネオンの自粛等々・・・
おかげで夜の街は見事に暗くなった。

あの牽制球は、今回、何故か耳にしない。
相変わらず町の街灯は赤々とついているし、
摩天楼の明かりも、深夜放送もetc、etc、何にも変わった様子はない。

世の中が自国だけのタイムテーブルで動ける時期は100年前の昔話なのだ。

こうして夜を迎えている日本は、眠りにつく時間であっても地球の裏側では
激しく経済戦争、諸々のしのぎを削っている。
いつも、潮流の中に巻き込まれているこの国なのだ。

いや、そんな大きな話題を持ち出さなくとも、
この国内で昼夜を問わず、ライフラインを守ってくれる人々もいる。
国内外の治安を守って警邏を怠らぬ人々もいる。
病の最前線で24時間体制で持てる医療技術を駆使する人々もいる。

・・・・・・

等々、等々・・・多くの人々が支えてくれている。

一日の活動をやっと終えて、今、ほっとしている人々もいるだろう。

一日という尺度が、昔はどうだったっけと記憶が薄れてしまうほど
めぐりめく日一日が忙しいのだ。

そんなわけで、
連絡の入る時間は、ネットの世界ではいとまがない。
メールというツールは、二面性を持っている。
便利というだけではすまないツールだ。

本当は営業時間内に返すを基本としている。

でもさにあらず、メールが返信されてきたら驚く時間なれど、
即、回答文を打って、少し躊躇しながらも、こうべを垂れて
送信のボタンを押してしまう。
さぞ驚かれるだろうとも思いながらも。

TONの活動時間はもう始まっているのだ。

水晶・ローズアメジスト仕立て

請来方の雰囲気を出しながら
真言宗の基本を崩さずにつくりました。

108玉は水晶。
ローズアメジスト仕立て。

中糸を藤色にしましたので、全体がローズアメジストのような清楚感漂う
イメージに仕上がりましたが、実は水晶です。

いつも頭房や菊房に慣れてしまっているので、
こうした切り房は、創る側から見ても簡素でいいですね。

言ったり来たり

いやはや疲れました。

今日は、とにかく店内でこま鼠状態。
とにかく走った走った。

狭い店内と二階の倉庫の間を何度行ったり来たりしただろうか。
いや、お客様に話しては、倉庫に来たりだから
言ったり来たりなのだ。

午前中に写経があっても顔を出す時間もなかった。

夕刻には拍車がかかり、ドイツからのお客様のお相手中、
観音像から始まってお地蔵さん、供養の為のこまごました仏具類
希望に合うものを探しに 1階ー2階のピストン運動。

「店の子に体重減りましたね」といわれれば、
気持ちは「ニコ!」だが、

たしかにピッタリ1kg減っていた。

へたな運動はいらないや・・・。

「ブログが秘めるセラピー効果」という記事

外食はまずしない。
落ち着かないのだ。行くとなると一店に通い続ける。

昼食を外でとる場所は、毎度決まっていて、20年来行きつけの口の悪い店主がいる喫茶店と決まっている。メニューもカレーのみ食べ続けている。
今日はナポリタンを注文し店主の期待を裏切った。
昔ながらのケチャップで炒めたあれである。
一週間に一度程度だから、ちょうど店置きの雑誌も入れ替わる。
で、この時間は週刊誌の表題を拾い読みしておくのが習慣となる。

ニューズウィーク誌の小さな記事だが目に止まった。
それがタイトルの「ブログが秘めるセラピー効果」
アメリカでは、精神医療の現場でブログを勧める精神科医が多いのだそうだ。
カウンセリングの目的は、
 気持ちを吐き出させる。
 自己顕示欲を満たす。
ということなのだそうだ。

ブログを書かせると、「人と話す」という効果と同等の効果を期待してのことらしい。
つまり、悩むときは人と話すことを通して癒される。
その体験に近いものが「ブログを書く」という行為にある。

ハーバード大神経科医アリス・フラハティーは同情してくれる読者に近づけるから癒し効果を生むという。
ジョンスーラーは、ブログの匿名性も効果的だという。

なるほど。
どうりで精神が安定するわけだ。
でも読む側には申し訳ない気もする。