以前の作でありますが、
愛着のある一作です。
「妙見大菩薩」
ミニの香合仏で一発勝負でしたが、
一期一会を絵で書いたように
親しみやすく彫ってくれました。

以前の作でありますが、
愛着のある一作です。
「妙見大菩薩」
ミニの香合仏で一発勝負でしたが、
一期一会を絵で書いたように
親しみやすく彫ってくれました。


秋分の日の振替休日。
お彼岸の後半と言うこともあって
人の出は、天候にかかわらずよかった。
けれど、浅草にお参りに来られたのかなあ。
嬉しい反面、この期間を肝心の先祖供養に費やす時間と
しているんだろうか。
以前からミニの香合仏を得意としてきた。
その基本があってサーマインドへとステップアップできた。
目指すは、三開仏の精密彫りなのだけれど
段階的に、せいぜい指の第二関節内に収まる
ミニ香合仏を繰り返し創り腕を上げてもらってきた。
これもそのひとつの作品だけれど、
倶利伽羅を香合仏に納めた場合どうなるのかを
試したものなのだ。
数センチの中によくもまあ表情良く
龍の怖さが表現されているものだ。と、関心した。
自画自賛になってしまうが、正直好きな香合仏のひとつなのだ。
倶利伽羅

ついにBGMのシステムがノックアウト
昔のレコードさながら、音飛びし放題となってしまった。
修理しながらで騙し騙し使っていたが、
一回の修理が1万円を超えて半年も持たないというのは
もうギブアップ。
久しぶりに量販店の音響コーナーを物色することとなる。
若い頃は、コンポーネントステレオが流行していて、
薀蓄をどれだけ垂れることができるかが
若者のバロメーターかのような風潮があったけれど、
今は昔。
異文化に触れるような…
ウォークマンも初代の馬鹿でかいのを使っていたけれど
聞き続けるに耐える曲もないし、そこから全く進歩しなかった。
だから、アイポットもMDも縁のなかった僕。
いっきに休眠していた脳ミソがフル活動し始めた。

気が付かなかった。
過去、沈香がこんなに好きだったとは。
もっと以前から気づいていれば
もっと手元に残したのに…

10mm玉の大玉を久々に削ってもらった。
でも微妙に大きさが違うので足さないといけない。
切っていい原木がないのだ。
ないんだよね…
昨日の気温とは比較にならないほど落ち着きを取り戻した。
平年並みに戻ったと言うべきか。
お彼岸にふさわしい天候とは言いがたいけれど
雨さえなければ、まあまあお墓参りしやすいかな。

こんなに咲き揃いました。
可憐だけど強いなーー。彼岸花。

ちょうど今日は、息子たちの通う学校の文化祭。
長男への心配心と、他の息子たちの学校でのよそ行き顔を
見ておきたいと思い立ち、出かけることにした。

そこは、北千住にある男子校で「3年B組金八先生」の
ロケでも何度か使われた学校だ。
最近建て替えられたため、その面影は全くなくなってしまったと
聞いて、その校舎の下見も兼ねていた。
男子校の文化祭ほど、むさくるしいものはない。
自分も男子校上がりゆえ予想はついた。
こういうことは時代や土地柄が違っても
暗黙の伝統があるように思われた。
各教室を廻り、子供の姿を見つけようにもどこに雲隠れしたのか、
模擬店にも校庭にも影も形も見られない。
しかたなく、校舎を隅々まで散策して、
次男がアメフトの練習をしているという荒川土手に足を延ばしてみることにした。
この荒川土手も、金八先生のロケでよく使われる。
気がおかしくなるかと思われる容赦ない直射日光にさらされながら、
子供の練習姿を楽しみに歩を急ぐ。
土手の急坂も何のそのである。

深い草むらをかき分けて土手上によじ登る。
空がパッと広がった。
川と土手。
なんとも懐かしい光景だ。
トランペットの練習をする女の子、
土手沿いのサイクリング道で練習する自転車乗りたち。
絵に描いたような下町の光景。
酷暑でさえなければ、大の字になって寝転んでみたくなる。

見渡すが肝心の集団がどこにも見当たらない。
空振りだった。
空振りすると、さっきまでの元気印は消滅し、
いっきに胸のカラータイマーが点滅し始めた。