
浅草のそら

四国番外札所の念珠
よく持ち込まれるNO1が四国番外札所でいただける念珠玉を使っての片手念珠作りです。


新しいバージョンが出た模様です。一番右側。
紫檀材に梵字と寺名を彫り込んでいました。
決して新しい手法ではないですが、お遍路をして行く先々のお寺でいただけば、歩いた人のみかの特権、それはそれはありがたく感じるものでしょう。
編み込んで房をつければ出来上がりました。

紫檀のニューバージョン。

裏側には寺名が彫られています。

浅草のそら 雪!

雪です。
11月なのに雪。
11月中の雪は、56年ぶりだとか。積もれば観測史上初なのだそうです。
56年前といえば、体が弱くてこのままだと死んじゃうよとまで言われたTONの幼少時代、東北の田舎に預けられた頃。
そう・・・確かに寒かった。あまり雪の降らない地方なのにドカ雪が降って銀世界だったのを覚えています。
喜んで田舎の子と走り回っていたのを覚えています。
おかげで、今があるわけですが・・・
そんなことを雪を見ながら思い出しました。

新嘗祭
「にいなめさい」。
と、聞いてわかる年代がだんだん少なくなっているのではないだろうか。
TONでも戦後教育を受けて育った立場上、今の人と大して変わらないと思うのだが、昭和一桁の親に育てられ、身の回りには明治生まれのじいちゃんばあちゃんに囲まれ可愛がられてきた身としては、「勤労感謝の日」というよりも、「新嘗祭」という言葉がしっくりくる。
新穀を皇祖はじめ神々にお供えになって,神恩を感謝された後,陛下自らもお召し上がりになる祭典この大祭は農耕を基本とする日本の意義深さを想い出させてくれる。
日本っていいなぁ。。。
とは言うものの、20代、30代、40代と力任せに遊びと仕事をしゃにむに活動していた時期には、親の教えはどこ吹く風で動き回っていたような気がする。
はてな、ところがどっこい50を過ぎたあたりから、勤労感謝というにはなにか釈然としない何かがひっかるようになってきたTONなのでありました。
死ぬまでに一度は天皇陛下と直にお会いしたいという思いも募るし、なんだろな・・・
そんなことをつらつらと仕事中に思い描くTONの本日、新嘗祭、勤労感謝の日なのでありました。
浅草のそら

浅草のそら 地震大丈夫?


朝ジョグに出かける直前にグラっときました。
皆さん大丈夫かなぁ・・・・
5年前の3.11のときも、午前中に小さく揺れてその午後にグラっときましたのでプチ心配です。
3.11の浅草の空は朝ジョグに出たあと、ちゃんと記録に残していましたね。
まさかあんな災害になろうとは露知らずでしたが。。。
今回はそんなことのないようこの一回で終わらせて欲しいと祈るのみです。
浅草のそら

不二家ネクター。。。
不二家ネ~ク~タ~~~~~いかがですか~
お線香ですけど。。。o(^▽^)o

一億三千万分の三
「TONさん」と背中で声がした。
ん?誰???
と、振り向くと大阪のSさんがニコニコしながら立っておられた。
オーラが眩しい。
あ~~~~驚いた。。。。
驚くにはそれ相応の理由があって、息子さんが小さい頃から空手を続けていて、全国大会にも出場するレベル。
武道好きのTONとしては、いつかオリンピック・・・。勝手に思い込んでいる。
行けたらいいなと思いつつもつい最近Sさん家族のことを考えていた。
タイムリーすぎるよ。
しかもお話をしていると、数年前にふとしたことから、世田谷に住むS師と縁があって交流させていただいているという。
弘法大師が市井にあって人々の救いに生きられたことを彷彿するS師ゆえ、まぁTONのこともお見通し。であろうから隠し事はしないし吐露させられちゃう。
そんなこんなで30年お付き合いさせていただいていた。
そんな二人が・・・
ということで。。。
え~~~!だったのだ。
狭い国土とは言え、一億三千万人の住むこの国で、こんな形でご縁を持つようになったという。
でも不思議でも何でもないとTONは思っている。
神仏が介在しないでどうつながりようがあるというのだろうか。
想いはね、つながるようになっているんだね。
だからこそ、縁という接着剤は大切にしないとならないと思う。
怖いものでもあるから。

