手元供養ということ

この九谷焼の美しい入れ物はなんでしょうね・・・

お骨入れでした。

ね。

分骨用としてもまた、ペットのお骨入れとしてもご使用頂いています。

少し前までは散骨があまりにも現実からかけ離れた供養の方法と絵空ごとのような状態だったものがここに来て相談されることも頻繁というほどでもないけれどお答えできないといけない状況になりつつあることも現実です。

特に相談されることが頻繁になったのは、お嫁にこられご実家に後継がいらっしゃらないというケースです。
家の制度が法律の中から消え、戸主という考えがなくなった現在も習慣としては続いている日本の制度の矛盾が先祖供養ということにまで口を出してきているのです。

後継のいない家はご先祖のお守りは継続することができず消えていきます。
お嫁に行かれた方の総研にかかってくるわけで、お守りしていたお寺さんも柔軟なシステムが要求されていかざるを得ないわけです。

なんだか隔世の感があります。

ラリマーの逸品

ご存知ラリマーですが、通常は丸玉ばかり。

めずらしいみかん玉のラリマーです。

水晶など別のみかん玉と合わせてみてもおもしろいかもしれませんね。

浅草のそら

この期に及んでまだ台風が近寄ってます。
午後からは雨が降るとか。

たしかに水蒸気が溜まっていそうな空模様だな・・・

水晶腕輪オーダー3点


左がみかん玉の108腕輪。  右が4mm玉を使っての腕輪。

腕輪念珠を108玉に仕立てるとどうしても大きくなりすぎてしまう。
大きさを気にしなければたまが小さくなりすぎて華奢になってしまう。

ほどよい大きさに調整したい思うので、3.5mmのみかん玉の俵型のものを選んでの制作。

みかん玉だからボリュームがあるので腕にした時もそれほど違和感はないと思う。

水晶切子の多色玉で腕輪念珠を制作。

浅草のそら

今日は秋分の日。

お彼岸の中日です。
子供の頃は一家で父親の墓参りにまだ田舎電車と思わせる雰囲気のあった西武線に乗って、それこそ牧歌的な風景の父の実家まで足を伸ばしたものです。

そこは駅を降りると駅裏に小川が流れ赤い彼岸花が咲き乱れていたものです。
「この花は嫌いなの」母の口癖でした。
父が亡くなった頃にさいていたであろうこの赤いイメージが重なるのかな。。。

武蔵野の風情を残した父の実家の竹林とがTONの秋の彼岸の心象です。