
浅草のそら



富士山の閉山は今月10日。
今年ほど富士登山に問題提起の多かった年はないのではなかろうか(TONが知らないだけかもだが)。
弾丸登山。海外からの観光客による無謀とも言える軽装、行き当たりばったり無計画な登山スタイル。ゴミの問題。。。
山開きの時期に頂上付近での登山者の事故?死がしょっぱなから暗雲を投げかけた格好だった気がする。
TONの記憶に間違いがなければ、富士山が以前ブーム(4、50年前の話し)となった時、日本人の若者がハイヒールで入山したりの軽装登山は問題視され週刊誌などをにぎわした記憶がある。外人ばかりを責めるわけにはいかないような。。。
かく言うTONも似たり寄ったりの記憶がある。
半ドンのあった時代、当時は仕事が終わる土曜日の夜に富士山に向かい、五合目を夜中に出発する今で言う弾丸登山真っ盛りの時代。
とにかく人が多かった。押されるように前に進み道に迷うことなどあり得ないコンベアのような始末。8合目9合目で疲れれば、そこらでごろんと横になって星空を眺め、下界からずっと続く登山者の懐中電灯の明かりをボーっと眺めながら疲れを癒しまた頂上めがけて登りだす。
団塊以上のお兄さんお姉さんたちには青春の記憶としてあるのではないだろうか。ぜったいあるはずだ。
TONはおまけに愛車を担いでいた。12㎏。今時のマウンテンバイクなどなかった時代。サイクリング車から余分なものを外し、ドロップハンドルをオールランダ―バーに替えただけの代物。
担いでいるとどこを走るの?と登山者に何度も尋ねられる。けれど走れる所は何処でも走ると応えた。現地に入ると案外登りでも走れる所は随所にあった。一番の目的は下りだったのだが。。。砂が。。。深い。

富士登山に規制がかかるとしたら、サイクリストにもかかるようになるんだろうな。

やっぱり浅草らしいよね。



左は見本です。




むか~し技術屋だったころの話し。
まだ新米技師のくせに、計画から施工まで一人でできる仕事をやらせろーっと談判してまかせられた仕事が河川計画だった。
その川の流域面積を出して、流出係数を決め(アスファルトいだらけの都市部と田園地帯では降った雨が川に流れ込むスピードが違うのでそれを考慮する)そんな係数を考慮して川の設計断面を決めていくのだけど、そのもとになるのは計画降水量。
一時間に何mmの雨が降るかを過去のデータ―から読み解いて決定する。TONは絶対に洪水で被害を出したくないと時間80mmで設定した。それでも少ないと思ったのだが。。。
設計を凛儀してもらうと見事先輩技術者にNOを食らった。係長も課長もNOだった。
なぜ?と問いただすと「経済設計っていうのがあるんだぞ}だった。カチンときた。
人の命にかかわることに何が経済設計だ。と納得できなかった。延々とディスカッションという名の口論となった。見かねて技術専門の上司まで輪に加わって、TONは係長預りとなってしまった。
「何mmの雨が降りました」と大雨の情報をテレビで耳にすると未だに当時の悔しさが思い出されてしまう。もう50年近く前の話なのにね。
上さんにいたってはまたその話?と聞いてくれなくなった。
昨今は100mmを超える雨が当たり前のように降るようになってしまったからね。TONの先見の明?まさかね。。。