御影堂付近
浅草寺は神様仏様のデパートのようなところ。
それもそのはずで、明治維新まで、浅草寺塔頭(たっちゅう)に奉られていた仏様や神様が廃仏毀釈のあおりを受けて、廃寺、取り壊しの憂き目に会い一つところにまとめられてきたという経緯があるからなのです。
本堂の西側に御影堂と呼ばれるお堂があります。
御影堂と書いて何と読むか。正しく読める人は実に少ないのです。
「ようごどう」と読みます。
ここには干支による守り本尊が聖観音様を中心に祀られて善男善女のお参りに事欠きません。
ただ、その存在を知らない人も意外に多いですが。
以前は、本堂東側公番の後ろあたりにありましたが、境内に分散していた堂宇と共に現在地にまとめられました。
なかなかよい姿をしています。

ちょっと東大寺大仏殿を連想してしまいそうです。
かなりミニチュアですが・・・

なんともいえぬ落ち着きがこの空間にはあります。
浅草寺門前の雑踏に疲れたらここで一服するのをお勧めします。


おいしそうな・・・
いやいや、かわいい鯉たちも出迎えてくれるでしょう。

都内最古(1618年)の石橋も現存です。
もとは随身門今の二天門に向かって架けられていたようです。

白檀の香合仏ストラップ
サーマインドのパーツに使っている香合仏よりは大きいけれど、そこそこ大きくしっかり彫れています。
これで5250円は、お買い得では?


守り本尊なので、子・丑寅・卯・辰巳・午・未申・酉・戌亥と8体揃っていますよ。
浅草のそら。
クッション手作り
玉と玉の擦り合わせが長い年月には、えぐれるほどのキズになる。
それを避けるために、特に宝飾関係ではよく使う方法なのだが、
中間に結び目をいれたり、シリコンの円盤を入れたりすることで玉が直接擦りあわさないように工夫する。
念珠で初めて承った。
けれどあいにくこれほど大きい玉のシリコン板なんてないのだ。
仕方なく、既製品がないのなら自分で作るほか道はない。
で、作ったのがこれ。角から切り出していったので時間のかかること・・・
半透明のゴムなので、目立ちにくく作ることができた。
でも・・・
もういいなぁ・・・
浅草のそら
トンネル
この絵は、30年前竜飛だか大間へ向かう道すがらの写真だったと思う。

雨男の僕の時らしく、しとしと雨が道路をぬらしていた。
今はどうなったか知らないけれど、当時は素彫りのトンネルがあちこちに口をあいていた。
トンネル内からのシルエット写真は好きでよく撮っていたがこれはその一枚。
だいぶネガが痛んでしまっているのは、30年という時の隔たりを充分に感じさせてくれくれる。
大のトンネル嫌いが、トンネルの構図で写真を撮るのはは大好きと言う相矛盾さ。
トンネルをくぐるとそこは雪国だったことは、山越えのトンネルでは良くあることだった。
走りなれない時分はその変化が頭にあらず、トンネルを出た先で、アイスバーンにひっくり返ったり、雪の吹き溜まりに突っ込んだりしたものだった。
けれど考えてみれば元気だったなぁ。
木枯らしが吹き出すと、小瓶を忍ばせて、わざわざ冬の峠道を選んで走ったのだから。
峠の陽だまりを見つけて、湯を沸かせて紅茶を入れるあの楽しさはなかなか口で説明できない悦の世界であった。
昔のツーリング仲間も年のせいか林道はやらないと言っていたし、自転車の性能も道路も格段に良くなったのに、反比例して、何か失ってしまったものが多いように感じるTONちゃんなのである。

