勝って兜

学生時代に後悔していることがある。(山ほどね)
他から見ればたわいもないことかも知れないけれど、TON店長にはそう些細なことでもない。

中学時代は剣道部に在籍していた。

入学早々、担任の先生はどうしたことかクラス全員に順番で「おまえは何部に入るのだ?」と言わせたのだ。

まったくクラブ活動など頭になかった僕は、自分の番が来たときにはたと困って、どうしたものの弾みか「剣道部に入ります」と答えてしまった。

横浜有数の不良中学だった当時の母校では身を守る術をそこに求めたとはちょっと言いがたいが、まんざら全く見当違いではもなかったかも知れない。

小学校のとき1500mのマラソンの授業で工程のど真ん中でゲロゲロとやってしまったほど虚弱体質な僕が果たして剣道部など持つのだろうか、自分の口はもののけに支配されたのかと思うほど後悔した。

運動部など全く想像すらできなかった家族の不安を一身に背負いクラブに通いだした。
案の定、第一日目は、15分も歩けば帰宅できる中学からの道のりを2時間近くかけて帰った。

半歩歩けば立ち止まり、半歩歩けば座り込み、よく帰ってこれたものだと思う。
そんな出だしがうそのように一年後には、そんきょで校庭何週っといった無謀な命令にも絶えられる体ができていた。

そんなおり、前々から何かと言えばつっかっかってくる部活仲間のH君と試合をする羽目になった。審判を買って出たのはH君の小学校からの先輩各にあたるSさんという人だった。

同門相打つ勝負を止めることもないまま、試合という名目の果し合いとなった。
H先輩は、筋のよいH君の勝利を確信していた。

かぶった火の子は祓わねばならぬ・・・心を固めた。

面をかぶって竹刀をあわせた。
頭が真っ白になった。

何故ならば・・・
面をつけたのはそのときが初めてだったのだ。
H君は筋がよいということで先輩から認められ数ヶ月先に面をつけることを許されていた。

こりゃ僕を負かすのは、赤子の手をひねるより簡単なことだった。

が、どうしたことか奇跡が起きた。

相手の動きがスローに見える。
しかも体全体はぼやけているのに、小手だ、胴だ、と隙がはっきり見える。
どうぞ打ってくださいとばかりに打つ場所を示してくれている。

小手と胴を打って、短時間で勝負はついた。
相手はがっくりうなだれた。

僕はと言えば、信じられない展開に度肝を抜かれた。
われに返った時、自分の力で勝ったわけでもないのに、勝つとはこんなものかと舐めた。

そして有頂天になった。

半年近くクラブから遠ざかった。

そんな僕を見かねて、竜馬の乙女姉さんのような姉に促されながら、クラブに戻ることなった。
敵もさるもので、待ってましたとばかりに、いの一番に指名し、僕はぼこぼこに打たれ続けた。
もちろんH君にである。

それ以来、二度と道場に足を踏み入れることはなかった。

勝って兜の緒を締めよとは、まさに自分のことを差しているのだと、めっぽう痛い教訓を学ばせてもらえた中学時代だった。

あそこで天狗にならなかったら・・・
ぼこぼこにされても仕方ないじゃん。休んでいたのだから。自分が悪い。彼はあの後、頑張ったんだ。と謙虚に忍耐強く練習を続けていたら・・・

歴史にも自分史にも「if」はあってはならないとわかっていても、時々頭に浮かんでくるTON店長なのであった。

お客さんのN君と話しながら、このことが頭によぎった。が、口には出せなかった。
ある一線まで忍耐することは必要なんだよね。

都庁から

中心あたりに本当はスカイツリーが見えている。
肉眼では多少影が見えるがレンズには乱反射して写らない。

スカッとした火にまた見たいものだ。

黄砂?

用事で都庁に出向いた。

ついでにスカイツリーを見たくなって45階の展望室へ。

なんだろう・・・か。
もやかとも思ったが、やけに黄色っぽくも見える。
黄砂かな。

エレベータ前で案内していた若い人に聞いたが「黄砂」なんて知らないと言う。

黄砂。
死語かい。

ばっかじゃない

春のゴールデンウィーク、秋のシルバーウィークを地域ごとに分散する法案が浮上しているそうな。

今の連休の状況は、観光地へのアクセスが集中しすぎて、せっかくの休日が渋滞で大変だからだとか・・・
迎える宿泊施設や観光地側も断らなければならないほどの事態が生じるからと言う理由らしい。

夫婦別姓法案等も含めて、民○党の考える事って、日本人のアイデンティティーをぶっ壊すことが目的なの?

って???が次から次に生まれてくる。

国民の休日の意味合いがわからず(ちゃんとおせーてないもん)単なる休暇、お休みと考えるむきも中にはあろうと思う。

が、どうであろうか。

休みたいなら自分で好きなだけ有給を取ればよいのであって、わざわざ法律上で国民の休日にする必要がどこにあるの。

しかも地域ごとに、北海道は5月の第一週、東北は5月の第二週、関東は・・・
だという。

そのうち正月休みも1月の第一週は北海道、1月の第二週は東北・・・
お盆休みも8月の第一週は北海道、8月の第二週は東北・・・
となりかねないぞ。

その日にちに意味があるのであって、記念日としたより内在している精神的な意味あいを知らしめる役目が国にはあると思うのだ。
単なるおやすみ欲しさの休日では実は恐ろしいわなが待ち構えているのだ。
民族としてのアイデンティティーを失うという落とし穴。

自○党の政権下であったけれど、成人式や体育の日やその日にちに意味を持つのに・・・
休みを増やす為に第何曜日の月曜日だのと変動するようになってしまった。

例えば成人の日を例にとれば、1月15日としたのは、この日が小正月であり、かつて元服の儀が小正月に行われていたことによるのであって、大人の仲間入りを果たす歴史的な日にちだった。

(そういう意味では三社祭りも人が集まりやすいように土日に移動した。3月18日がもともと観音示現にまつわる火なのに・・・後の人の勝手で変更してしまうことは、同じような事である)人が人の都合で運用してはいけない事だってあると思うのだ。

休日にするほどの大切な日にちって何だろうってちゃんと教えなきゃいけないし、伝えなきゃいけないんだと思うよ。

今年の結婚記念日は忙しいから第4週の何日ね。
やあ今年の誕生日は、お父さんの都合で3週の月曜日にしよう。
なんてなったら、それこそ夫婦喧嘩、家族からの総スカンを食うのが落ちだろう。

ふざけんじゃないって。

休みを取らせたいなら、「国民の休日」という名称で充分。
この場合の意味なんてない。休みにしたいからでいい。

この法案は観光庁案という。なら、文化庁は日本の文化を守る上で絶対反対と唱えるべしと思うTON店長なのだ。

嵐の後の静けさ

過ぎてしまえば、あのお祭り騒ぎも、喧騒さも何処へやら。
東京マラソンも終って3日も経っていたのだ・・・

走る人たちはもう次の大会に心は向いてしまって、もうここにあらずだろう。

マラソン終了直後にスポーツウーマンぽい都のスポーツ課の方が、状況調査方々顔を見せてくれた。

そして今日、
「ご迷惑をおかけしました」と大会関係者が挨拶にこられた。

「今年はいかがでしたか」と心配そうな面持ちだったけれど、規制線を張られなかったことで何とか助かりましたと述べると、ホッとして帰られた。

本当は普段の売り上げの半分にも満たなかったのだけれど、野暮なことは言いっこなしにしたかっただけなのだ。
あちこちで苦情を聞く立場も辛いよね。

フー・・・
これでやっと嵐が終った・・・。

当日はこんな地図があちこちで配られました。もっと抜け道あるのにね。
でも効果は絶大だったろうし、何より道を尋ねれるという安心感が何よりだったと思うのだが。
今度はぜひ二色刷りにして抜け道をもっと書き込んで欲しいな。