正月の目玉です
2010年にあやかって、去年は2009円でしたから今年は2010円です。
もちろん本物の貴石ですよ。
浅草のそら
子供心
正月を目の前にしながら、なんだかワクワク感が沸かない。
というのはどうしたものかと思っていた。
ボーっとしている時にふっと思った。
子供は今に生き、
青年は未来に生き、
老人は過去に生きる。
そう言えばそうだなあ・・・
子供時代は後先を考えなかった。
結果がどうなるなどとも予測しないし、経験値もない。
やることが始めての連続だった。
同じことをやっていても昨日のことは忘れていたもの。
だから常に新鮮に事に当たれた。
青年時代は先々いつかこうなりたいと、常に現状に満足しなかったし、上昇思考の中で事に当たっていた。いつかこうなると目標があったから。
何の根拠もないのに。
そう・・・自分の先々を信仰していたようなものか。
経験値が溜まってくると変に予測したがる自分が見えてしまう。それこそなんの根拠もないのに。今のような時代は経験値なんて何の役にも立たないのに。
失敗を恐れているのではないのだけれど、先を予見してしまう癖が顔をのぞかせる。
朝のジョギングでいつもの周回コースではなく、違うコースに変えり距離を伸ばしたりしたとき、子供時代のワクワク感は起きるのだから、心のさじ加減によるところが大きいのかもしれない。
子供心は消えてないようである。
浅草のそら
松房について
これは日蓮宗の一流派である本門仏立宗の念珠。
通常の日蓮宗と異なって、独特の房を用いる。
松房と呼んでいいのか多少迷う。
切房用の太い糸で軸編をしていき、その先は留めをして、きれいにほぐし終了する。
房のスタイルはなで肩が特徴だ。
糸を足しているだけなので、房をひっくり返しても・・・
何もない。
ちなみに通常の松房の場合は、付け房にしても、製作房にしても・・・
ひっくり返せばこうなる。
スタイルから言えば碇型の肩をもつ。
これこの通り。
新年も目の前と言うのに
正月はもう目の前なんだよね・・・
どうしたものか、今年は新年を迎えるワクワク感に乏しい。
もう年末の追い込みのなかにも正月の気分が沸騰してくるのに。
さあどうしたものかな。
浅草のそら
工場看板も