朝の光景


今の若い人はあまり見たことないだろうなあ。

最近の車は随分良くなった。

ぼくら子供の頃のは、ホースのジョイント部や使い過ぎのホース本体によく傷があって、小さな穴があいていたものだ。
作業のおじさんがバキュームして加圧するたびに、ホースから黄金の水が噴出していた。
それをよけながら学校に通ったものだ。

吹きかけられたことは幸いにもなかったが、車が去ったその後には・・・ご想像通りの光景が見られた。黄金の湖。

さて、この吸い取られたブツはどこに行くのだろう。

調べてみると、屎尿処理施設に持ち込まれ、無害化されて川に放流されるとなっている。

石川英輔の大江戸事情などを読むと、江戸時代までは(大正中期まではそうだったらしいが)貴重な資源として買い取り業者がいて貴重な売買の対象になっていたというのだから驚きである。
完全にリサイクルのシステムができていたのである。

大正時代、硫安など化学肥料の台頭で屎尿サイクルの輪は急速に崩れたと言う。

でも、これほどの人口を抱える大都会。食べれば間違いなく排出される黄金色を文字通り黄金にできないものなのだろうか。
いつまで、捨てるしかないという発想を持ち続けなければならないのだろうか。

臭いすら処理されている無臭のバキュームカーを前にふと思った。

倒れてました・・・

私めではありません・・・

靖国神社のけやき?かな。
樹齢150年と言うところ。

遊就館から駅に向かって歩いていると、神社の外柵間際に立っていた
どでかい木が切り倒されて枝を伐採されてあわれな姿をさらしていました。
見るとしっかりしていてまだまだ切り倒すのには惜しい大木。
神社でこんな神木のような大木を切り倒すのかいな?と不思議に思い職人に尋ねてみました。

「倒れちゃったんだよ」

数日前の強風で根こそぎ倒れたんだというのです。

根っこを見ると、道路側に向かって伸びていなければならない根が全くない。
神社の参道側にはしっかり伸びているようなのだけれど、反対側には数十センチ程度しか伸びていない。となれば、片方の風には強くても反対側から吹かれたらひとたまりもない。
民家側に倒れたら・・・

神社を取り巻く道路との堺にある塀にはりつくように植えられている木々は根が伸びれなかったのだろう。

都会の木々は可愛そうに。と思うと同時に、街路樹はみなこんな感じで生きているのかな。
空恐ろしさも感じた次第。

本殿近くの桜の木のねっこに感動してこんな写真を撮って

「花の咲かない寒い日は
下へ下へと
根を伸ばせ」とブログにアップしたばかりなのだった。

まさか数十歩先に根を広げられずに倒れし大木があろうとは
夢にだに思わなかった・・・