浅草のそら

川べりは寒いと見える。よく日の当たるはずのここでも真っ赤に熟した果物のようなのに花弁が開いているのはごく僅か。それでも開いている方かな。

浅草のそら 三月一二日

そう。。。今の時間はどうしていたかね。。。と昨日は一日中、一刻一刻の時を気にしていた。

昼の二時四十分ころに昼飯を食べ始めて、あ!そうだあの時もこうしている最中にぐらっときたんだ。時間も同刻くらいでまさに「今」を感じた。
夜、ニュース番組の特集で東北の復興地域を映していた。TONも支援品を車に積んで出かけあまりの自然の猛威に変貌した町に足を踏み入れ慟哭したその場所だった。

アナウンサーは震災後の土地の嵩上げの様子を、テレビのこっち側の人々に悲喜こもごもの思いをさせようとアナウンスする。落涙させれば成功だったのだろう。
今を見ればいいではないか。今はそこが現在進行形で最良な姿なのだと考えて進まないといけないだろう。
今を善しとして明日を見ることが最良なのだから。

震撼としてもの音一つ感じさせない町の様相に鳥肌が立った。。。

大船渡にて

浅草のそら 嗚呼、東京大空襲

三月十日になると、この事以外頭に浮かばない。
何と言っても意識しだしたのが小学校の低学年。しかも当時はまだ横浜の住人。
何で意識し出したのだろうか。覚えていない。横網公園と墨田公園は慰霊の場所心に焼き付いている。
横浜大空襲はこのあともう少し先の五月二九日の午前というから。。。真昼間に空襲とは驚く。すでに制空権はなくなっていた、もしくはよほど手薄になってしまっていたと言う事なのだろうか。

今朝の予定は隅田公園にある東京大空襲の殉難者の碑を朝ブラのコースにしていたのに見事に寝坊した。
でも今日は朝から雨。

雨のおかげで多少心の負債が和らげた。雨もこういう時は役に立つ。

それにしても雨の三月十日は珍しいなぁ。

浅草のそら

春は確かに近付いた。けど離れもした。けどまた近付いた。甚だしく離れたそんな朝だった。風がつんめたいべーーー。

川向こうにある桜の「雅」TONの標準木なのだ。まだまだ芽は固い。

ドウダンツツジ、ちゃんと芽を咲かすための新枝が旧枝からサクサク?伸びていて命の不思議さを感じさせてくれる。芽をつけている新枝は全部この冬の間に伸ばした枝なんだよ。。。楽しいねぇ。だから植物は見ていて楽しい。

浅草のそら

東京マラソンはつまらないまま昨日終わった。

来店者も少ない中なのでこんなことしかできないことを、と溜まっていた念珠の直しに手をつけ始めたところガヤガヤと聞き覚えのある声が近寄ってきた。孫らが突然現れた次第。

「お客さんは少ないとはいえこんな時だからできる仕事があるんだよ」とは言っても聞かないだろうし、お母さんの体調が思わしくなく家で留守番してると聞いたので、「お絵描きしてお母さんにあげようね」と促すとすんなり受け入れてくれた。

一生懸命描き上げ絵を丸めて帰り際、100mも歩いただろうか。突然クルンと踵を返し全力で走ってきた。
何事かとじっと見ていたら。

「はい!じいちゃんにも」と綺麗な葉っぱをくれた。

浅草のそら

テレビカメラがセットされましたね。
明日の東京マラソンの準備に忙しいようです。でもその位置だと変なオブジェが邪魔になりそうですね。
さ、どうなることか。。。