浅草のそら

与那国島では50年に一度という大雨が降っているそうです。

浅草もこのとおり。

TONは知り合いが早朝の集まりで講師をするというので、朝ランはやめて、ビューホテルまで足を伸ばしました。何年ぶりかで28階にあがりましたが、昼間の浅草は、ビルばかり。なんとも絵にはならないったらありゃしない。

浅草寺が景色の中に埋もれてしまっている。

かろうじて、携帯の銀杏の木々が聖域を主張してくれています。今日はこの浅草寺にまつわる話しなのです。

友人の話は観音さまのご示現にまつわる記紀(古事記・日本書紀)を紐解きながらの話し。

記紀には観音様が示現される2、3年前より異常気象、現象が書かれています。夏でありながら雪が降るほどの冷夏に見舞われ餓死者が巷に溢れ、皆既日食が人心を惑わし、昆虫の大量発生など、混沌とする社会不安の時期であった時代に観音像が彗星のごとく現れるという設定、関わりがとても面白く、それが浅草の観音示現だったということで、ちょうど三社祭を控えている今、何ともドラマチックに思えてなりませんね。

そんな話に魅了した朝でありました。

浅草のそら

子供の日と言うより端午の節句という方がTONくらい以上の人にはぴったりくる。

五節句と言って全部言える人がどれほどいるだろう。その意味合いも含めて伝えていくのが文化の継続というものだろうと思う。

仏壇も文化なのだ。

仏壇を外人がうらやましがることを知っているだろうか。

クリスチャンでもカソリックなら各家庭にイコンを飾って祭壇を設ける篤信のある家庭もあろうが、日本には30%(以前はもっと高かったが)の普及率で家庭ない寺院、もしくは神社があるのだ。

信仰の対象とする聖域が必ずある国柄というのは、しかも伝統的な手法で在来の仏壇は何百年もかけて守られ発展してきた。

ミニチャーチが各家庭にあるようなものだ。これは驚異ではないか。

そのことに日本人自信が気づいていないのが何とも歯がゆい。