浅草のそら

昭和12年(1937年)の今日、日本人居留民を含む同胞が現地守備隊によって約300名にも及ぶ虐殺を受けた「通州事件」の当日。
戦後生まれのTONは自分の誕生日としての7月29日しか頭になく四十路を過ぎるまで全く耳にしたことはなくいきさつすら知らなかった。恥ずかしい話だが、戦後教育を受けたものはこんなものなのだ。

今は少しでも関心があれば手軽に情報は入手できる時代だ。より掘り下げてみようと思えば一次資料を探せば良いことだし、ネットを探すだけでもとっかかりはいくらでも網に引っかかる。まさにネットだ。通州事件の生き残りの老婆による証言が一冊の本になっている。一度読めば夢に出てくるのでTONはもう読めない。

歴史は自分の足と頭で紡ぐものとつくづく考えさせられる。黙祷。

浅草のそら

浅草の空 海の日

今日は海の日で休日。

もともとの海の日は7月20日だった。この日を平成15年のハッピーマンデー制度という愚策で第三月曜日に移動した。

休日となる前の7月20日は明治の御代に「海の記念日」と定められていた。

明治9年(1876年)7月20日東北巡幸をされた明治天皇の横浜港ご帰着がその日だった。明治九年といえば、尊皇攘夷で猛り狂う時代の大変換頃。終には官軍による東征がひき起こされた。戊辰戦争で日本が二分される内戦で官軍勝利から八年。からまだまだくすぶる炎が消えやらぬ時期。その敵地とも言える列藩の地東北。怨恨を払うかのように明治天皇がご巡幸されることとなった。ご巡幸当時の各地での逸話は涙なしで読むことができない。

帰路は青森から函館を経由して横浜まで灯台巡視船「明治丸」にて航海され、明治9年7月20日この日に無事ご帰着された。当時の時代の空気を感じつつ帰還なされた一行のつもる思いを想像すると「海の日」は単なる休日であってはならないと思わされるのだ。