ぼくの玉手箱

最近、時間の合間を見つけると自転車屋に顔を出す。
あれこれ考えると30年まともに乗っていないのだ。
プロにあこがれた時もあったけれど、仕事の独立後は
封印してしまった。

数台持っていた愛車も友人に譲ってしまったため
手足のパーツの特殊なぼくの体には、なかなかピッタリ合う自転車はない(ようするに自他共に短いと認める)

唯一、お嫁に行ってしまって今は乗っていないという友人から1台返してもらったのが手元にある。

20世紀最後のころに一度組みなおし、息を吹き返したが、
仕事の都合でまた、休眠に入ってしまった。
それからまた、10年。

20世紀中の変化と21世紀に入ってからの変化は、
「激動」そのものだったようだ。

5段が常識だった、ディレイラー(変速器)が9段10段に。
12~3Kgだった車重が10Kgが常識に。
鉄のフレームがカーボンやアルミに。
何より日本のメーカーが海外製品に押されてしまっている。

パソコンの世界がここ10年で激変したように、
自転車業界の世界も天地がひっくり返っていた。

それは、僕の頭に入力されている寸法やパーツは、
ことごとく世の中から消滅していることを意味していた。

愛車に息を吹き返そうと思っても手に入らない。
車輪を組もうにもハブが手に入らない。
タイヤもない。

「嗚呼、この事実こそ、ぼくにとっての玉手箱だ」

昨日立ち寄ったハンドメイドメーカーも、老舗中の老舗だが、自分の記憶にある活気に満ちていたそれとは、明らかに違うのに驚いた。

神田の旅行車の老舗アルプス
パーツの入手困難を理由に、今週末にはその灯を消すという。
ネットで復活しないものだろうか。

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