スリランカという国

スリランカと聞くより「セイロン」が
頭には叩き込まれていて、時々国名が口から出ない。
1972年まではセイロンだった。

お客様のS師がスリランカに出かけると聞いで
スリランカの今を意識するようになった。

内戦状態にあって、難民も10万規模で生まれるそんな政情にあることも
この機会に認識化した。

要するに名は知るが関心はなかったと言うことなのだ。

国名:スリランカ民主社会杉共和国
人口約2000万人
首都:コロンボと思っていたら、大間違いだった。
遷都されて1985年にコロンボの東南に位置する、
スリ・ジャヤワルダナプラ・コッテ に遷都した。

でも僕がこの国に足を向けて寝てはならないということを知ったのは
戦争責任で、敗戦に土たんを舐めているときに、セイロンのみが以下の決議を採択した。
1951年、国連で蔵相のジュニウス・リチャード・ジャヤワルダナが
対日賠償請求を放棄する演説を行い日本の国際社会への復帰に道筋をつけたのだ。
仏教思想を「国家」として実践された。
その恩を忘れることはできないのだ。


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