比較

「人の庭は青く見える」

とはよく言ったものだ。

「隣のお家は仲良かったのにねぇ」
「あのご夫婦がねぇ」
「あそこのご主人、子煩悩だったのにねぇ」

「~ったのにねぇ」
は、つまり、「何も知らなかったのよ」の裏返しなのだと思う。

つまりは、何も知らないのだ。
人のことは、どこまで行っても解らないのだ。

「解せない」
自分のことすら理解に苦しむことがあるんだから、他の人のこと、家の中など解りようがないのだと思う。

それをわかっているつもりでいる所に、人の不幸が生まれる。

小学生時代の僕の成績はすこぶる悪かった。
全く欲がなかったし、どこか宙を飛んでいる子供だったから、つかみどころがなかったのだろう。

小学校一年生の時「あなたの息子はどうしようもない」
仕事を休んで始めて行ってくれた面談で担任は、母親に対してくそみそに伝えた(ようだ)。
こんなこと言われたと終生(まだ健在だが)母の憤りは続いた。

比べて姉は在学中優等生を通した。
僕は常に比較の材料だった。
よく見れば秀才と言われる岳のことはしていたのだ。
コツコツ勉強をやり続けているのだから。
僕はと言えば、好きなことをさんざん遊びほうけていた。

その結果は、学期末になればみごとに顕れる。
つまらないことなのだが、
ただ、比較され続けたというこの呪縛は、少年の心にある種の種を植えるものなのだ。

一事が万事そういう事なのだと思う。

だから比較してはいけない。

ただ残念なるかな、人は比較できる動物であるしそれを原動力にもできる動物なのだ。

結局、比較することでどうするかなんだよな。

よき方向に向かえば、その差を挽回しようと大いなる力になろうというもの。
負の力、劣等感という力におのれの位置を見失い、踏み外したれば、世の不幸、災禍の種となるのは火を見るよりもあきらかだ。

さて、ぼくはどっちだったんだろう・・・

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