念珠を直していると、後ろから・・・
「もしもし・・・・」
「作業中申し訳ありません」と声をかけられた。
念珠の玉数についての質問だった。
通り一遍の答えだったけれど答えさせていただいた。
「被災した人たちに頼まれて・・・・」
という会話にはっとして聞き返した。
「どちらですか?」
「大船渡から」
そこから話の糸口が広がり、商店会の寄せ書きを大船渡の小学校に送らせていただきましたとなっていった。
「被災からすでに三ヶ月を過ぎ、表面は生活がなんとかできる状態になりはしたが、何か足りないというのです」
何か足りない。
落ち着かない・・・・
そう・・・・
多くの家族が仏壇もお位牌も全て流されてしまった。
あるべきものがないのだ。
ふと気が付いた。という。
「せめて念珠を身につけたいと思うようになったの」
そうおっしゃった。
心のよりどころ。
震災直後から自分は何ができるのだろう・・・
ずっと知恵を絞ってきた。
手に入るだけのローソクを被災地に陸送しようかとしたが、ローソクは危ないからとマスコミの言葉に、気持ちを押しとどめた。
こういうとき自分の仕事の中には何もできない。だから、仲間を募って物資を集めて急きょ送ったりと僅かな仕事をさせてもらった。
被災したばかりは衣食住の条件をそろえることが急務だったが・・・・
心の問題がどんどん顕現してき始めているんだ。
目に見える問題もいっこうに終息しているわけではないけれど、
人として人間らしさの根本をなす先祖供養や祈るというベースは、僕らの業界の責任として真剣に考えないと・・・・
本当に考えさせられた。